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「800字文学館」

アルハンブラの思い出

志村 良知

 ギターの名曲『アルハンブラの思い出』は、作曲者タルレガがアルハンブラ宮殿を訪れた際の印象を曲にしたものと言われている。全曲トレモロで、右手の薬指、中指、人差し指で三つの同じ音が連続しながら進行するメロディーを弾き、親指で分散和音の伴奏をする。
 イ短調に始まってイ長調に転じ再びイ短調に戻って終わる曲は、難度としては中程度、音符を追うだけならギターを始めて1年位で弾ける。始めて3カ月位でさまになる『禁じられた遊び』とともに、クラシックギターの徒の先ずの目標である。

 私がアルハンブラ宮殿を訪れたのは、天気の悪いコスタデルソルでクリスマス・シーズンを過ごした冬の事だった。エクスカーション・ツアーのグラナダ行きの日も天気が悪かった。バスが突然何の変哲もない橋の上に停車し、ガイドが「どうですこの勢い、これだけの水量は10年ぶりですぜ」と得意げに説明する。

 アルハンブラ宮殿は250年続いたナスル朝グラナダ王国の王の居城である。タルレガが曲の発想を得たのは、アラヤネスやライオンの中庭などがある宮殿の中心部から少し離れたヘネラリフェ夏離宮の庭園「アセチモアの中庭」の噴水だと言われている。噴水は長さ50メートル余りの非常に細長い池の両脇に並んでいる。宮殿自体がやや低い所に位置していて、離宮に下る石段の石の手摺の上がU字溝の給水路になっている。
 その日はまさに10年に一度の水量であったのであろう、水路を駆け下って噴き出した水は狭い池を跳び越えてバシャバシャ跳ね返っていた。
 ギターの神様セゴビアは『アルハンブラの思い出』を、セゴビア流の華麗な演奏ではなく、遅めのテンポでブツブツにスタッカート気味で弾いている。彼がこの噴水を見た時には水量が少なかったに違いない。

 この曲を発表会などで弾くには勇気が要る。誰でもトライするこの曲、一音でも間違えたらばれるし、トレモロはもつれると立て直しが難しい。老化防止のテーマにしてみるか。

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