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「800字文学館」

スペインの舞台でフラメンコを踊った

志村 良知

 ヨーロッパに赴任して間もない40代の頃、あるクリスマスシーズンをコスタデルソルで過ごした。地中海沿岸は冬の天気が良くないが、その年は特別の悪天候らしかった。「太陽の海岸」も雨続きで人っ子一人出ていない。

 そんな中で迎えたクリスマスイブ、ホテル主催の豪華ディナーショウ。勿論フラメンコで、男女総勢十人ほどの一座の出演だった。
 滞在客はかぶりつきの特別席で無料、さらに酒類もホテルの奢り。スパークリングのカヴァで乾杯、うまい生ハムに始るフルコースにリオハの赤のグラスを重ねつつ、フラメンコもクライマックス。

 ひときわ華やかな衣装のプリマドンナと目が合った。彼女が何か言い、若い踊り子二人がわらわらと駆けて来て私は両脇から抱えられあっというまに舞台に上げられた。クリスマスディナーとあって、ジョルジュ・アルマーニで決めていたので抵抗はしない。
 帽子を被せられ、長いスカートの裾を片手で持ってプリマと並べという指示。ギターがハバネラのリズムを掻き鳴らす。どうやらホセ役のようで、プリマの切れの良い腰と手の動きでスカートは旋回し翻り、裾につかまって翻弄されるのみ。フィナーレではトレアドールにのってネクタイを手綱に舞台中引き回される手荒い扱い。息も切れ切れのご褒美は頬っぺたに口紅くっきりのキス。場内は笑いと拍手の渦、開き直って日本式お辞儀で応えたらさらに受けた。
 後で聞くと、家内は、かなり前からプリマの視線に気づいていて「やっぱり来たーっ」と思ったそうである。お年寄りが多い滞在客に混じり、めかしこんだ異邦人の坊やは格好の弄りの標的だったようだ。

 翌朝から私は滞在仲間のスターだった。レストランや廊下やロビーで「素敵な踊りだった」とか「あなたはヒーローだ」などと声がかかる。
 悪天候は変わらなかったが、バカンス気分は一転した。楽しみにしていたグラナダツアーも雨模様だったが、雨のアルハンブラ宮殿も想い出さ、と楽しむ余裕が持てた。

(24 Dec 2015)

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