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「800字文学館」

花おくら

三春

 紀尾井ホールでのジャズコンサートのあとは四谷・新道通りの焼鳥屋で一杯と決まっている。ビールから焼酎へと盛りあがったころ、常連メンバーの一人から黒いツブツブが配られた。怪しげな丸薬と思いきや、これが「花おくら」の種。おくらには実を食す種類と花を食す種類とがあるそうだ。
 その、自称「花おくらを広める会の会長」によれば、花おくらは市場には出ないレアもの。春にこのツブツブを蒔けば、夏には芙蓉に似た大輪の花をつける。湯がいて三杯酢をかけるもよし、天麩羅にするもよし、小粋なおつまみになる。その実は食用にはならず、種を取るだけとのこと。

 種蒔きの季節がやって来た。期待過剰か、数十粒のうち芽を出したのはたった一本。毎日の水遣りを欠かさず、日除けをして猛暑から守り、風の強い日には屋内に入れてやる。まさに乳母日傘の数カ月を経て、背丈も一メートルを超えた。
 そして八月の早朝、淡いクリーム色の蕾を発見! 半開きが摘みどきだが朝から飲むわけにもいかず、まずはポリ袋に収めて冷蔵庫で眠らせ、夜を待つ。
 さていよいよ解体作業に入る。がくを切り離して雄しべ雌しべを抜き取る。「雄しべ雌しべ」に真剣に向き合うのは保健体育や生物の授業以来だろう。バラバラになった花弁を熱湯に放り込んで即座に取り出すと、濡れた桜紙のようなものがザルの底に情けなく貼りついた。無理もない、たったの一輪だ。三杯酢を垂らし、口に入れると不思議なことに花にもあのネバネバ感が生きているではないか。一輪の花は喉の奥にトロリと消えた。

 ところが困ったことに蟻の行列が茎を登り降りしだした。蟻も花おくらを気にいったとみえ、一族郎党ひきつれてこの鉢に居を構えたのだ。そこでホウ酸と蜂蜜を練り合わせたものを巣穴のそばに置くと、翌日には全滅した。やれ一安心と思ったら今度はアブラムシがびっしり。酒のつまみがポロリと儚く落ちた。

 話ついでに川柳をひとつ。
   「花も実も 時機を逃せば おくら入り」

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