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「800字文学館」

英国ロイヤル・オペラの『ドン・ジョヴァンニ』

川口 ひろ子

 英国ロイヤル・オペラの引っ越し公演、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』を鑑賞した。
 今回の主役は、何故か「プロジェクション・マッピング(コンピュータで作られた映像を舞台に投射する照明技術)」で、派手な宣伝コピーが、度々ネットに掲載されていた。若い人の来場を期待してのことであろうが、照明を前面に打ち出したオペラ公演というのも珍しい。その効あってか、スニーカー姿の若者の姿を随所に見かけた。

 放蕩無頼の貴族ドン・ジョヴァンニが、神の罰を受けて地獄に落ちるお話は、中世から欧州各地で上演され、姿を変えて現代にまで語り継がれている。
 今回の演出は、作品の独創的な解釈で評価の高いガスパー・ホルデンで、ドンの飽くなき女性への野心と、その果ての死について語られていた。ドンは、神の裁きにより地獄落ちするのではなく、自由奔放の代償として、誰にも相手にされず路上でのたれ死にする。彼が最も恐れていた孤独死だ。

 指揮はアントニオ・パッパーノ。柔らかく流れるような演奏、歌手に存分に歌わせることを第一にしているようで、派手な演出にぶれることなく、締めるべき場ではきっちりと締めてマイペースを貫いている。「劇場を知り、音楽を知り尽くしている」と、歌手や演奏者たちから、絶大な信頼が寄せられているというお話も充分に納得できる。

 今回の英国ロイヤル・オペラ日本公演、総てが、世界最高級のレヴェルの高さを示してくれた。
 演出面では、近代人の「自由を得た代償としての孤独」という主旨は理解できたが、原作無視の省略が多く、其の強引さに違和感を持った。
 一番の収穫は、世界各地から参集した今が旬の活きのよい歌手たちの縦横無尽の活躍だ。強靭な声、輪郭のはっきりした歌唱、緻密な演技、が、観客を圧倒する。こんなワクワクする出会いがあるからオペラハウス通いは止められない。
 派手に宣伝された照明技術は所詮脇役、オペラの主役は、やはり人の声だと確信した。

2015年10月8日

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