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「800字文学館」

ゲストハウス

安藤 晃二

 最近「ゲストハウス」と呼ばれる宿が流行りで、外国人客にも受けているとか。見知らぬ同士が和室に同室で泊まり、トイレなどは共用する。目玉は経済性、朝食付きで四、五千円、居心地も良い。「普段、こんなに若者と話す機会はないから」、楽し気に語る一人旅の老人。浅草を探索、寝るだけの外国人にも、この手軽さはこたえられない。

「デジャブ?」、想いがよぎり直ぐ確信に変わる。「ゲストハウス」の名前の由来は英国に違いない。ロンドンの街並みがさびれる処、一見してそれと判るゲストハウス(guesthouse)がびっしり建ち並ぶ横丁などがある。その旧さが漱石の倫敦を彷彿とする。左右対称の三階建て、六角形の建物の夫々の方向に各部屋の窓が開いている。中央から入るとホールが食堂兼交流スペースだ。客室は二、三階、中央のフロアを各部屋のドアが取り囲む。さすがに同室とは行かないが、客同士気楽に顔見知りになる。

 そもそも高額のホテル代を払ってロンドン市内に滞在できるのは出張者や裕福なエリートに限られる。様々な理由で、この町に中長期的に滞在する普通の人々にとり、ゲストハウスは極めて合理的な選択肢だ。観光客、家族到着待ちのロンチョン日本人駐在員等々が、週決め、月決めで滞在する。気さくな下宿仲間も生まれる。

 家主は六十がらみの未亡人、朝はエネルギー全開で、イングリッシュ・ブレックファーストが食堂中を駆け巡る。「ねぇ、あんたら日本人は、何故毎朝、窓から空を見るのさ。ロンドンの天気は当てにならないよ。アラブ人も空を見ないね。砂漠じゃ毎日晴れなんだから、まったく」と、カックニーでがなる。日本人達のテーブルでは、ひそひそ「夜中にトイレに起きたら、ネグリジェ姿のクリスにぱったり、目が合ってニコリだって、もう堪らないよ」。そのドイツから来た大柄のブロンド美女は、舗道にブーツを鳴らしながら、出勤する日本人達と笑顔で地下鉄の駅に向かう。彼女の一週間はロンドン見物だ。

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