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「800字文学館」

福島原発事故の責任

稲宮 健一

 先ごろ、福島原発事故で東京電力の元幹部三人が検察審査会を通じて強制起訴された。新聞報道は今回の津波が予測の範囲か否かが争点であるとした。

 大きな事故だったので、責任が明確になればそれに越したことはない。しかし、津波の予測のみが争点だと事故の原因を単純化しすぎる。多くの報告書をよく読んで発言すべきだが、かつて宇宙開発で多くの事故にであった経験より、私見を記す。

 事故当日を振り返ると、原発は破壊しなかった。当日一番欲しかったのは停止操作ができる電力であった。しかし、発発(ディーゼルエンジンを使った発電機)と蓄電器が水没して、非常用電源が作動しなかった。ところが、すぐ隣の女川原発では電力は停止しなかった。地震で送電線の鉄塔が倒れても、もし、近隣の火力発電所から地下ケーブルが引いてあれば停電しなかった。すぐお隣りの別の会社、東北電力との電力の融通など想定外だった。

 次に欲しかったのは冷却水だ。送水ポンプは電力がなければ水も運べない。しかし、今現在、地下水が溢れて困っている。決して水が足らない場所ではない。なぜ非常用貯水池等を造っておかなかったのか。高い場所に貯水池を造っておけば、重力で水は流れる。次の、次の手を考えておけば、何とか非常時にやりくりできただろう。後から考えれば種々な手を打てたという人もいるが、それを見通すのが本当のシステム技術だ。

 日本初の静止衛星を軌道に入れる時、宇宙開発事業団(現JAXA)はNASAから強力な支援を得た。筑波宇宙センターが宇宙上の衛星の総てを管理し指令する。指令は当時、唯一の通信手段である電話線を通じて筑波から種子島にある大型アンテナから電波を出させる。NASAは打ち上げ当日、もし道路工事で電話線が切られたら二百億円ほどの衛星が操作不能で、失敗すると指摘され、端末は一回線がNTTの常識のところ、種子島内部の回線を複数敷設し、整備したのを覚えている。まだ考えるところは色々とある。

(二〇一五・八・十)

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