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「800字文学館」

初めて海を見た「はまりきゅう」

志村 良知

 生まれて初めて海を見たのは浜離宮からだった。
 小学校2年生になる春休み、爺婆が東京の知人に招待されての東京見物にくっついての旅だった。それまで生まれた村から汽車で30分足らずの甲府より東に行った事が無かったのだから大旅行である。甲府駅で買った駅弁は目も眩むほどきれいで豪華なご馳走に見えた。
 そして、上野動物園、浅草、宮城、靖国神社、羽田飛行場、乗せられたワゴン車の荷物室後部窓から後ろ向きに流れる東京の町。
 その中でなぜか、「はまりきゅう」という不思議な響きと、あれが海だと指さされた記憶が一番鮮明である。かなり広々としていて「海だー」、という実感があった。当時の地図を見ると、月島や東雲の埋め立て地はごく狭く、お台場は沖に浮かぶ島で、まぎれもなく海の様相である。
 泊らせて頂いたお宅のダイヤル電話、銭湯と三助などと共に、コンクリート舗装してある小学校の校庭と遊んでいる子供たちが、皆私の着ている一張羅より上等な服装であることが驚きで、「東京のぼこは、いつでも洒落てねえとならん」と思った。

 今年の春、関西から友人一家が遊びに来て、浜離宮から船で隅田川を遡り、浅草に遊んだ。60年ぶりの浜離宮は、ガイドツアーに入ったが全く記憶が無く、変わっているのかいないのかも判らなかった。しかし丁寧な説明で、あらゆる意味で素晴らしい庭園であり、故郷の甲府藩の別邸であった事も知った。
 抹茶と共に頂いた恐ろしく崩れやすく食べにくいお菓子、鴨を捕える仕掛けの巧妙複雑さ滑稽さなどにも話が弾んだ。将軍お上がり場でのガイドさん、「鳥羽伏見の戦で敗れた将軍徳川慶喜公は大阪から船で脱出、ここで水揚げされました」「えっ水揚げ?」「私、変な事言いました?」。
 ガイドさんと別れ、船が浜離宮の防波堤を出て辺りが開けても「海だ」と認識できる風景はもう残っていなかった。両岸の桜は今が盛ん、しかし川風に吹かれながら「春の麗の隅田川」を愛でるには一寸寒かった。

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