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「800字文学館」

大きな玩具(おもちゃ)箱

池田 隆

 深夜にパチパチパチという突然の響きで目が覚める。昨日から山荘に来ていたのだ。雨がトタン屋根を叩く音である。枕元の明かりを点けると、午前二時。ロフトの壁や床板を下から眺めながら、十五年前にこの小屋を建てた頃を思い出す。
 退職金として初めて稍まとまった金を手にし、長年の想いであった山荘を建て始めた。基礎、屋根や壁・床の躯体、電気・水周りの施工は地元業者に依頼したが、設計は建築家になったばかりの息子に任せ、ロフトや階段などの内部工事やデッキ作りは自分自身で行った。太陽電池駆動のファンを使った太陽熱利用の暖房法を考案し、装置も自作した。建屋関係が一段落した後は、セミダブルベッドになるコーナーソファなど、ユニークな家具の制作にも取り掛った。
 冬の数日間を誰とも会わず、朝から夜まで電動工具を使って独りで黙々と作業することも多かった。新聞、テレビ、電話やインターネットもなく、情報社会から全く隔絶された生活だが、淋しさや不安を感じることはない。頭のなかの案を自分の力で次々と現実の形に変えていく。物作りの醍醐味に朝から晩まで浸っていた。
 私が幼い頃は紙と鋏と糊を与えておけば、何かを作って独りで遊んでいたと母が語っていた。長じてタービンの設計屋となったが、社会では必ずしも全てを自分の思い通りには出来ない。趣味の工作ならば好き勝手に出来る。失敗しても自分が苦笑すれば済む。
 妻がこの山荘を私の大きな玩具箱だと言う。私が此処へ来ている留守中は自由に羽を伸ばすこともできる。後で作品を褒めさえすれば亭主は幼児のように喜び、自分もその恩恵に与かる。日曜大工は双方にハッピーだった。
 ところが数年前から視力が下がり、近くの物が霞んで見える。手足の位置が自分の思った所より外れ、電動工具も危険で使えない。仕方なく趣味をエッセイ書きに切り替えた。だが当時の自作品を見渡していると、また何か新しい物を作りたい衝動に駆られてくる。

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