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「800字文学館」

会津磐梯山 ― 二つの顔

大月 和彦

 梅雨に入る前、昔の山仲間と裏磐梯へ行った。年齢や体力を考慮して、高原のホテルに一泊し猫魔岳往復と五色沼などの湖沼群を散策するだけのプラン。朝、東京駅前からホテルのバスで発ち、午後は山歩き、翌日午前中に湖畔を散策し、夕方東京に帰った。

 磐越道の中山トンネルを出ると会津盆地が広がり、向こうに二つの峰を持つ山塊と光る湖面が見えてくる。朝寝朝酒の小原庄助さんで知られる会津磐梯山と野口英世伝で記憶に残る猪苗代湖だ。
 猪苗代湖の北方にどっしりと構える磐梯山は秀麗な山容を誇っている。山の中腹から帯状に流れる数条のゲレンデが目障りだが。
 万葉集に「会津嶺の 国をさ遠み 逢はなはば 偲びにせもと 紐結ばさね」(東歌)と、遠くへ旅立つ男が女に送った歌にあるように親しまれた山だった。

 この山が、明治21年(1888)に爆発し、主峰の北にあった小さな峰を吹き飛ばした。噴出し、流出した岩石や崩れた土砂が北側の集落や田畑を埋め尽くし、死者500人の大惨事になった。土砂は檜原川などの河川をせき止め、地形を一変させてしまった。

 裏磐梯高原から見ると、吹き飛び、抜け落ちた跡が、荒々しい断崖となっている。南側から見る緑に覆われた穏やかな山容からは想像つかない。
 ホテルの展望レストランから南を見ると地球の肌むき出しの傷跡が目の前に迫っている。一方、北側には鬱蒼とした森と点在する湖沼群が目を楽しませてくれる。

 湖沼の間の湿地帯に設けられた遊歩道を歩く。時期が過ぎたミズバショウとピンクのタニウツギが咲き乱れている。湖面は太古からあるような神秘的なたたずまい。湖底に人家や田畑など生活の跡が埋まっていることを忘れさせる。

 水に覆われ青く光って見えるという地球は、一皮剥けばマグマの塊で、人類や生物体はその表面に辛うじて生息しているだけ。マグマがちょっと動くだけで人間の営みなどは軽く吹き飛ばされる…。
 磐梯山は、地球が生きていることを教えてくれた。

(15.6.26)

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