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「800字文学館」

終活で、蔵書を処分

斉藤 征雄

 終活が流行っている。
 わが家でもカミさんが終活を始めた。残された者が困らないように元気なうちに身の回りを整理するといわれれば、その必要性は認めざるを得ない。
 終活も葬儀や墓のことなど多岐にわたるが、カミさんの関心はもっぱら家の中の物品を如何にして少なくするかにある。

 まず自分自身の物からというわけで、むかし婚礼三点セットといわれた洋服箪笥、和箪笥、整理箪笥を処分した。箪笥だけでなくその中身も思い切った。特に和箪笥をいっぱいにしていた和服にはいろいろな思いもあったらしい。それを二束三文ですべて処分したのには、終活にかけるカミさんの意気込みを感じさせるものがあった。

 次に娘たちの物。娘たちの子供の頃の思い出が、ダンボール箱いくつにも詰め込まれて眠っていたのだ。嫁いだ彼女たちが呼び出されて、一つ一つ捨てるか残すかの詮議にかけられた。それとなく聞いていると、思い出は娘たちよりカミさんの方に強いようだ。娘たちは大半の物に「いらない!」を連発していた。

 いよいよ私の物である。クラシックギター、筋トレ用鉄アレー、英会話教材などが次々に廃棄と認定されて並べられた。私にとってはほろ苦い思い出の品々ではあるがもちろん異論ははさめない。
 そして遂に本丸に手がかかった。本の処分である。本はある時以降なるべく買わないようにしてきたが、減らすことをしないから増え続けた。それを、絶対必要なもの以外はすべて処分する、というのがカミさんの提案である。
 昔読んだ本を読み返すことなどないのはわかっているが、蔵書にはなにかしら自分の一部のような愛着があるのは私だけではないだろう。それを知ってか知らでか、「あなたは自分以外の人間に厳しく、自分には優しいんだから」とのイヤミの言葉に押されてついに処分を決めた。

 処分すると決めたら、ある種の解放感を感じたのは自分でも意外だった。終活を機に、しがらみに縛られて自由を失っていた自分に気付かされた思いである。

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