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「800字文学館」

桜の狂想曲

稲宮 健一

 春になると、桜が気になり落ち着かないと、在原業平が詠ったように、三月末から、桜の狂想曲が始まる。都内でも、千鳥ヶ淵の桜など、のどかな春の日差しに包また満開の桜がお濠の水面と合わさり、ただ見る美しさだけでなく、ぬくもりを肌で感じる心地よさで桜が春を告げる。

 東京周辺で染井吉野が終わるころ、しだれ桜を追って三春滝桜を訪ねた。新幹線郡山で磐越東線に乗り換えると、同じ老境の人たちでほぼ満員。三春駅で、長蛇の列でバスを待ち、昼前に沢山の観光バスが駐車している滝桜の入口に到着した。そこを抜けると、地元の農産物を売る小屋の店を両脇に眺めながら、細い道を登って行くと、小高い丘が開けている。丘の中腹にただ一本、他の木はない、三春滝桜があたりを圧するように立ち広がっている。この老木は根元の幹回り八mの太さ、少し上で数本に枝分かれし、二階建ての屋根くらいの高さの頂点で傘を広げたように枝が四方に広がっている。その枝から柳の枝のような柔らかな小枝が四、五mぶら下がり、小枝に花びらが隙間なく、鈴なりについて咲いている。小枝全部がお提髪のようにそよ風に揺れている。正に老木の頂上から四方に滝の水が流れるように桜が溢れる。滝桜空間は総て桜だ。

 滝桜は正保二年(一六四五)三春藩主秋田氏が入部したとき、すでに大木で、樹齢は一声、千年と言われ、大正十一年(一九二二)に国の天然記念物に指定されている。

 桜はなぜ美しいか。特に染井吉野は枝に花が押し合うように付き、葉はまだ芽を出してない。満開の時、木全体が桜色一色に染まる。歌舞伎では舞台の背景に一面の桜色で飾り春の風情を醸し出す。桜の季節が終わっても、今は中島千波の桜、千住博の桜で日本の美を堪能できる。

 業平のころの桜は吉野山のあの山桜で、染井吉野に比べて、満開でも桜色は薄い。それでも桜にうきうきしたと詠っている。ましてや、染井村で改良された現在の桜に皆が魅了されるのは当然だ。

(二〇一五・五・一四)

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