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「800字文学館」

大竹しのぶとシャンソン

中村 晃也

「題名のない音楽会」の収録で大竹しのぶが出演した。名前は知ってはいたが、彼女の主演映画を観たことはない。それほどの美人ではないし、明石家さんまと結婚して離婚したことぐらいの知識しかなかったが、シャンソンを歌うときいて興味を持った。

 伴奏は由緒ある東京フィル。渡辺一正指揮の百二十人編成は、シャンソンにはもったいないくらいの重厚な布陣だ。曲目はエデイット・ピアフの「バラ色の人生」、「群衆」、「水に流して」、「愛の讃歌」の四曲。

 ピアフは無名の孤児として育ち、娼婦を経験するなど人生の苦難を味わった末に歌手になった。身長が一四〇センチほどだったのでピアフ(小雀)と呼ばれ、それがそのまま芸名になった由。その後アズナブール、モンタン、ジルベールベコーなどの歌手を育てた。
「バラ色の人生」は当時恋愛中のイブモンタンへの思いを歌詞にしたもの、「愛の讃歌」はボクサーのマルセル・セルダンへの恋心を歌詞にしたものだが、彼を飛行機事故で失ってしまう。

 大竹しのぶは一九七五年映画「青春の門」でデビュー。朝ドラ「水色の詩」で国民的ヒロインに。二〇一一年紫綬褒章を受章したという。
 小柄な肢体に黒いスーツというシンプルないでたちで現れた彼女は、伸びのある、深みのあるアルトで歌い始めた…圧倒的な迫力だ。歌いながら握り拳を突き上げる、腰に手をやる、両手を広げる、手で顔を覆うなど、表情豊かな歌い振りは舞台女優としての貫録充分。「ピアフが大竹しのぶに舞い降りた」との新聞評そのままだ。「群衆」を歌った時は本人が、「水に流して」の時は司会の佐渡裕が涙した

 曲の合間のトークは拙い。佐渡裕の問いにハイ、ハイとうなずく実直な話し方で大女優の貫録はさらにない。「愛の讃歌」の紹介で、しのぶが「私も離婚を経験し」と言った時、佐渡裕が「愛のさんま?」とチャチャを入れ、しのぶが泣き笑いをする場面があった。
 彼女の人間性と女優としてのオーラを垣間見た瞬間だった。

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