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「800字文学館」

ガス入り水に関する一考察

志村 良知

 近年、ガス入り水をそのまま飲むことが広まり、自動販売機でも売っていて「あっ、ガス入りだ」という間違いが多いようだ。ガス入り水はかっては蒸留酒の割り材で、今でも酒売り場に置いてあることが多い。
 ヨーロッパではレストランで水というとガス入りである。「ヨーロッパ旅行中、レストランでも売っているのもガス入りばかりで」という話はよく聞く。ツアーの仲間の誰かがガス入りでない水を見つけると、わっと集まって分け合うのだそうだ。そんなにガス入りを嫌わなくてもいいのにと思う。

 水は買って飲むという習慣の国に住むと水の銘柄も好みが決まってくる。そのまま飲む水はレ・マン湖畔のエヴィアン、弱硬水のうまい水である。炊事と緑茶用には定番の中央山地産の軟水ヴォルヴィック。食事中にガス入り水を飲むようになって、会社のキャンティーンにも置いてあった地元アルザス産のカローラ・ルージュ。少し塩味がする位の強い硬水である。日本のスーパーで安売りしているガス入り水は、蒸留水に近い軟水なので、時々にがりを一滴たらして昔を懐かしんでいる。

 先日、友人たちと入ったワインバーの壁にワインラベルと共にBADOIT(バドワ)のラベルが貼ってあった。リヨン東方の天然微炭酸弱硬水である。
 フランスでは、ナプキンを巻いたバドワのガラス瓶がテーブルクロスの上にワインボトルと共に並ぶのは「ビストロではなくレストラン」という店の格式の証である。ベルサイユに住んで、プチトリアノンでは乳母車を押してよく遊んものだ、というご婦人と意気投合し、「バドワ、バドワ」と連呼したが、なんと店の返事は「置いていません」だった。
 日本でも昔からお馴染みの緑の丸っこい瓶のペリエは、南仏産の天然強炭酸水で、何故か水とは別の清涼飲料扱いされ、カフェでは氷とレモンスライスが添えられて出てくる。レストランでは酒が飲めない人の食前酒代わりになるし、赤ワインを割ってもソムリエに睨まれることはない。

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