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「800字文学館」

スコッチウィスキーの故郷にて

志村 良知

 20年ほど前、英国を2週間ドライブした際、スコットランドへも遠征した。古城の町スターリングを過ぎ、ロッホ・アーンという東西に細長い湖のほとりの村に宿をとった。スコッチウィスキーの故郷、ハイランドのとば口である。
 スコットランドでの第一夜ということで、濃紺に白襟、胸に白い薊の刺繍のあるスコットランド代表のラグビージャージを着てホテルの隣のレストランバーに行く。
 カウンターで店主兼バーテンの親父にお勧めのシングルモルトを頼むと、大きめのショットグラスにたっぷりグレンタレットというのを出してくれた。近くにあるスコットランド最古の蒸留所の産だそうである。
 一口含んでみる、「む、いける」。グラスを掲げると琥珀色の液体越しに親父が頷き、野次馬の目が集まった。一気に呷る。カッと爆発する華やかな香り、熱い液体が喉を通過、胃が燃える。鼻に抜ける香気を楽しみつつ空のグラスを静かに置く。我ながら鮮やかな手際。親父がサムアップ、野次馬たちの顔もほころぶ。
 お代わりを貰い、「どうなることかと思った」という連れ合いのいるテーブルに戻る。メインディッシュは、是非これを食えと薦められたスコットランド料理のハギス。臓物と野菜のみじん切りを腸に詰めて蒸したもので、色彩的にも優れず、物凄く美味というものではなかったが、地元に敬意を表してグレンタレットと共に食す。
 さっきの野次馬たちが帰り際「おらがグレンタレットとハギスはどうかね、客人」という感じで挨拶してくれる。

 翌日、さらに北上し、漱石も遊んだピトロクリ=ピトロッホリーからキルクランキー峠を越えて山道を走る。分水嶺を過ぎると深い森の中を蛇行するスペイ川が光っていた。ハイランドの心臓部で、グレンなんとか、グレンなんたら、と蒸留所が50以上ひしめくスペイサイドである。
「待ったかグレンども、いざ見参」
 下戸だった漱石にはこういう旅の楽しみ方は出来なかっただろう、と鳥渡優越感。


1「ピトロクリの谷は秋の真下にある」夏目漱石『永日小品』(1909)中の『昔』
2鳥渡=漱石は一寸を鳥渡と書いている例が多いので鳥渡真似してみました。

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