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「800字文学館」

忍ばない池

平尾 富男

 恩賜公園とは、現代では少々仰々しく耳に響くと思うのは筆者だけだろうか。
 上野公園、井の頭公園、箱根公園等は、正式には恩賜公園と呼ぶべきなのだ。その定義は、「第二次世界大戦前に宮内省が御料地として所有していた土地で、公に下賜(恩賜)され、整備された公園」とある。これらの公園を利用する際には、皇室に対し感謝の気持ちを忘れてはならないのだろうと思ったりする。

 その一つが上野恩賜公園。その中にある天然池が不忍池である。現在の形になったのは古く、室町時代と言われている。大都会の真っただ中にありながら、鴨や渡り鳥が飛来し、森鴎外の小説「雁」の舞台ともなった。春には桜の花、夏になると蓮の花を愛でる庶民が憩いの場として集まってくる。
 池と蓮は、江戸時代より浮世絵に描かれたほどの名所だったが、先の戦時中には池を埋め立てて水田に替えられてしまったために、蓮の花も界隈から消えてしまった。戦後になって始まった復旧作業によって、昭和三〇年代に池として復活して現在に至っている。
 池の中心には弁天島(中之島)が設えてあり、池を琵琶湖に見立てて竹生島になぞらえている。「忍ばない」という名前の通りの賑やかさである。池の名前の由来は、かつての上野台地と本郷台地の間の地名が忍ヶ丘(しのぶがおか)と呼ばれていたからだと弁天島に建つ石碑あった。
 この名前の由来については、周囲に笹が多く茂っていたことから篠輪津(しのわづ)が転じて不忍になったという異説もある。個人的には、その昔にここで男女が人目を忍んで逢っていたからだという俗説を採りたい。

「忍ぶ」には、「堪える、我慢する」という意味と、の「つつみ隠す、秘密にする」という意味の二通りがある。不忍池の「不忍」とは、「忍ぶ」の否定形だから、「我慢しない池」の謂いだろうか、それとも「隠さない池」を意味するのだろうか。
 こんなことを考えながら、池を巡って二人でそぞろ歩きをするのも楽しい。

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