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「800字文学館」

何とかなるさ

内藤 真理子

 土地の測量をしたら、我が家の物置が五十センチほど弟の家に飛び出している。引っ込めるには、樹齢六十年のもっこくの木が邪魔になる。その上物置は、家を建て直す時、家具を入れるために買った八畳の広さのもので、二十年は経っている。
「この際、もっと小さいものに買い替えましょう」と言うと、夫は「金がない」の一言。「じゃあ、半分の大きさにしましょう」と提案するも、頑として応じない。夫は毎日が日曜日。八畳の物置は彼の秘密基地なのだ。すったもんだの挙句に、金のない私たちは二人で物置を移動することになった。
 まず、ヨド物置の中身を全て出して解体。もっこくを移すために、他の二本の木を別の場所に植え替え、もっこくの周りを深くえぐり取り、一メートル以上移動することにした。
 スコップとクワで大きな穴をあけても、方々に根を張った木はびくともしない。そこで、木と車をけん引のロープで結び、引っ張ることにした。
 私が運転席に座り、夫が木の様子を見乍ら移動させようというのだ。
 私は、ロープを結びやすくする為に、少しバックをすることにした。バックミラーに夫の姿はない。
「バックするわよ、大丈夫?」大声で声をかける。だが、返事が聞こえない。二人とも寄る年波で、夫は滑舌が悪く、私は耳が遠い。何度も「いいぃ、大丈夫?」と言うも、返事が聞こえない。良いと言う事にしてバックをすると「あぶねーなぁ、待てと言っているじゃないか」はっきり聞こえる大きな声がする。そんなに大きな声が出るのなら始めっから言ってくれれば良いのに……。
「ダメなら、聞こえるように言ってよ!」私は大声で応酬した。
〝決まったー、快感!〟結婚してから四十数年、こんなに大声で間髪入れずに言い返せたことがあっただろうか。
 泥まみれの肉体労働で木は思うように動き、物置は夫が組み立て直し、私はせっせと中のものを運んだ。始めてから終わるまで三日間かかったが、気分は爽快!お金がなくても何とかなるさ。

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