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「800字文学館」

新米部長の初正月

首藤 静夫

 今年の元日、北国は雪かきから始まった。それを報じるテレビの前で、かの地の苦労が思いやられた。
 15年ほど前、新潟県の工場に赴任した最初の正月も雪だった。元日は地区の新年の会があるという。総務関係者はこれに出席するのが習いとか。会場の隅で地区役員のご挨拶を聞き、賀詞交換して帰るのだろうと思っていた。

 会場の公民館に入ると私たちは上座に通され、地元の人たちに向き合う形になった。主賓だったのだ。司会の簡単な挨拶のあとマイクを渡された。ほとんど初顔の人たちだ。用意がなくて困惑した。事前に分かっていたら――。
 白い紙の上に、スルメ1枚とミカン1個が各人の前に置かれている。神事でも始まるようで奇妙だったがすぐに飲み会になった。小さな猪口なので、くいっと飲み干せる。この土地の酒は甘口で口当たりがよい。小さな盃では何杯もいける。人々が入れ代わりきては2、3杯ついでいく。スルメをあぶる間もない。「○○さんはどうしている?」「△△さんは地元によく来てくれた」「最近は道で会っても……」次第に話がきつくなる。
 昭和30年代に、会社がこの地で工場用地の買収を行った際、工場の進出に協力して先祖からの田畑や沼沢を譲ってくれた人たちだ。大事に思わないことがあろうか。しかし悲しいかな、工場幹部は代替わりするので地元とのつきあいは薄くなる一方だ。

 厳しめの挨拶と注がれる杯の量で2時間後はぼうっとなった。部下たちに肩を支えられ雪道をよろけながら帰宅した。
 その夜の悪酔いの苦しさは忘れられない。空腹に入れた日本酒が襲ってきた。断続的に催す吐き気――トイレの便座にうつ伏せになり、明け方近くまで格闘した。遠くの林に時折り吹き上げる吹雪の音が耳の奥に聞こえた。
 代々の総務部長は大概この洗礼を受けるのだとあとで聞いた。土地の生え抜きの部下たちはそれを承知で黙視していたのか、コノヤロー。
 しかし、なぜだかこの工場が一番なつかしい。

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