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「800字文学館」

堂上蜂屋柿

池田 隆

 箱詰めの「堂上蜂屋柿」が届いた。干柿作りを毎年続けているが、都会では渋柿の入手に苦労する。徒歩巡礼の同好グループと大和路を歩いた数年前のこと、岐阜にお住いのОさんが私の悩みを耳にされ、秋になると送って下さるのである。
 堂上とは昇殿の意で、昔から朝廷に献上されてきたことに因む。蜂屋は美濃加茂出身の強い武将の家名である。
 こぶし大のつやつやとした肌合いの姿には、名前に負けない風格を感じる。丁重に皮をむき、撚りをすこし緩めた麻紐に挟みこむ。昨年末に都心の高層マンションに越してきたが、そのベランダの棹に吊るす。
 表面がまず固くなり、やがて中が柔らかさを増しながら萎んでいく。押えてみて種の感触が有れば、以後数日おきに優しく中を揉む。風雨の強い日にはビニールで囲う。柿同士や紐となるべく接触しないような気配りも黴防止に欠かせない。ニ週間を過ぎた頃に取入れ、キッチンペーパーを敷いた箱に入れ密封し、さらに一週間ほど熟成させる。その後に蓋を開けると、淡く雪化粧をしたようなえんじ色の干柿が出来ている。
 高層ビルの上層階のベランダは日当たりや風通しが良く、鳥や虫もおらず、意外にも干柿作りに向いているのかも知れない。
 さっそく干柿を輪切りにして漆黒の菓子皿にのせ、青磁の茶器には煎茶を注ぐ。目をつぶり舌にのせると、万物を凝縮した味わいで、様々な思い出が頭に蘇える。
 干柿同様に濃縮された味がする長崎のカラスミ。旧宅で庭に植えた渋柿の若木が実をつけた時の喜び。干した柿が強い日照りで熟し過ぎ、自重で落下してしまったこと。取り入れ寸前の干柿をハクビシンに食べられた時の悔しさ。干柿作りを趣味とする親友からの指導助言。Оさんの親切な心遣い。干柿を簾のように垂らした農家の軒先、等々。
 これ程の思いを抱かせる食べ物も珍しい。堂上蜂屋柿の干柿は一世紀前のセントルイス万博で金牌賞に輝いた。いかにも世界遺産となった和食の先陣に相応しい。

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