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「800字文学館」

千人の吹奏楽

中村 晃也

 今年九月の「題名のない音楽会」の収録は、常設のオペラシテイホール(収容人員千名)に代わって客席数二千席の昭和女子大人見記念講堂で開催された。

 入場して驚いた。夫々楽器を手にした中高生が客席の前半分と両サイド、それに二階席を占め、我々一般客は彼らに囲まれた一階中央席に案内された。
 舞台には佐渡裕指揮のシエナ・ウインド・オーケストラが勢ぞろいし、「今日は関東地区から三十四校のブラスバンド部の皆さんにお集まり願い、皆さんと一緒に演奏を…」のアナウンスに会場がざわめきだした。
「抽選で舞台に上がるのはXX高校からトランペット3名、△△大付属校からバスーン2名、フルートは…」の声を無視して、舞台の袖に駆け上がる学生達。舞台から遠い席の学生は自分の席で楽譜を広げる。

 デイズニーメドレーの最初の曲「星に願いを」が始まった途端、会場全体が一種の興奮状態に陥った。前列のポロシャツのトランペットが華やかにメロデイを奏でると,我々のすぐ横の眼鏡のバスーンが重低音を響かせ、後席では赤い頬をした三名のセーラー服がピッコロを鋭く吹き回す。斜め前のサキソホンが立ち上がってソロめいた演奏を始めるとあちこちで立ち上がって追随する。
 聞き覚えのある吹奏楽コンクールの課題曲やら甲子園での応援曲などに続き、最後は「星条旗よ永遠なれ」の大合奏だ。

 音響の良い人見記念講堂のクローズの空間で、数々の楽器に隣接してこんな迫力のある演奏を聴いたことはない。千人のバンドに囲まれた千人の聴衆も思わず手拍子をはじめ、音の渦に巻き込まれた会場は大盛り上がり。若者達が真剣に演奏に打ちこんでいる姿は眩しいほどの光景で、聴衆は一様に感動した面持ちだ。こんな大演奏を企画した佐渡裕もスポンサーの出光興産もまさに尊敬に値する。

「ブラスバンドもなかなかいいね。俺もやってみるかな?」と帰路妻にいったところ「冗談じゃないわ。毎日のあなたの鼾とオナラで十分よ」の一言であの感動が吹き飛んでしまった。

二十六年十一月

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