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「800字文学館」

「昭和の町」をあじわう

首藤 静夫

 大分県の北部、豊後高田市に「昭和の町」と呼ばれるエリアがある。
 実家のある大分市から東京への帰路、寄り道をしてのぞいてみた。

「これ大人4人は無理だね」「いや、乗れたよ」
 古い車の前で、数人の年配男性が立ち話している。興味をそそられ、ふと車を見て驚いた、あっ、てんとう虫だ。
 国産大衆車の先駆けとなった「スバル360」の愛称が「てんとう虫」。ドイツ車の「かぶと虫」になぞらえてついた愛称だ。その前で観光客が懐かしがっていたのだ。
(それにしてもこんなに小さかったかな?)
それとなく話の輪に入れてもらう。
「4人乗りにしても坂道は無理だよね」
「いえ、起伏のある別府のやまなみハイウエーをこれでドライブしました」と、私。夏休みで帰郷の時などに、友人宅のこの車をみんなで乗り回した。坂道は確かにしんどかった。何せ360ccだ、これで良く走れたものだ。
 隣に「ダイハツ・ミゼット」の軽三輪が陳列されている。さびが目立ち、実用車だったと分かる。大村崑や佐々十郎が連呼する「ミゼット」のテレビCMが懐かしい。CMさえ珍しく、熱心に見た時代である。
 車の一番古い記憶は、二輪車のようにバーハンドルの三輪車。自転車に補助エンジンをつけた「カブ」も古い。「バタバタ」と呼ばれ、音のわりに速度はあがらなかった。このように、ここにないものまで記憶が呼び戻され、当時の生活が思い出される。国全体が、貧しいながらどこかに明るさが感じられたころである。
 ブリキを塗装した看板広告も懐かしい。いつの間にか姿を消したが、昔は浪花千栄子や松山容子の看板が全国どこでも見られた。古びたもの、すこしドロのついたものが田舎の景色とマッチした。

 観光客はマイカーか観光バス組が多い。陳列スペースやメイン通りをざっと見るとそそくさと次の目的地に急ぐ。地元の人が折角こしらえたレトロな食堂や喫茶も客が少ないようだ。ノスタルジアを求めてきた割には気ぜわしいことだと思う。

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