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「800字文学館」

二重国籍

平尾 富男

 息子は四十年近く前にニューヨーク市内で、娘はその五年後にロサンジェルス郊外で生まれた。

 長男の出産のために入院した母親は、出産翌日には即退院するように病院側から通告される。入院費が高いからというのが最大の理由だ。「日本では最短でも一週間の入院が原則だ」と言い張って五日間入院したが、周りの患者がほとんど一日で退院していくのを目の当たりにして、新米の母親の目はでんぐり返った。

 生地主義のアメリカだから、二人ともアメリカ国籍が付与されていた。日本人の親としては、親と一緒に血統主義の日本に戻ることになる子供たちの為に、出生後すぐに日本大使館経由で日本国籍を保持する手続きを行う必要があった。
 息子は小学校一年生で、娘は幼稚園入園直前に、父親の帰任に際して家族揃って日本に戻った。

 結果的に二人は二重国籍を有したのだ。もっとも、本人が二十歳になった時点で、アメリカか日本のどちらかの国籍を選択することが日本の法律で定められてはいたのだが。子供たちがアメリカ国籍を有しているかどうかは日本の国内法では分からないので、二十歳を過ぎた時点でも二人はアメリカ国籍を保持したままであった。

 息子が二十歳を過ぎて暫くした頃、アメリカ大使館に国籍の離脱手続きに関して電話で問い合わせたことがある。その時の大使館の担当官の反応には驚かされた。曰く、
「アメリカ国籍を取得したい日本人が沢山いるのに、何で国籍放棄の申請をしようとするのか」

 娘は結婚してすぐ夫に帯同してアメリカに住むことになった。勤める銀行の留学制度を利用して、夫がロチェスター大学へ二年間の留学をすることが決まったからだ。娘婿は日本のパスポート持参で渡航し、当然のことながら外国人として入国審査を受けてからの入国となる。

 一方娘の方は、日本を出国する際には日本のパスポートを使ったが、アメリカ入国の時にはアメリカの旅券を税関で見せて、アメリカ人として難なく入国を果たす。

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