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「800字文学館」

下りだけの山歩き ― 秋田駒ヶ岳

大月 和彦

 最近足腰の衰えがひどく、山登りがむずかしくなった。
 以前登ったことがある秋田駒ケ岳(1637m)付近の散策なら大丈夫だろうと、山の友人を誘い、九月中旬のある日、早朝上野駅を発ち、田沢湖駅から休日運行の登山バスで、11時過ぎに秋田駒ケ岳の八合目(約1200m)小屋に着く。
 今回は主峰男女岳を目指さない。小屋からいきなり山麓の乳頭温泉郷へのルートを下ることとする。主峰へ登る人たちをしり目に、二人だけで下りコースに入る。

 後で知ったことだが、丁度この時刻に木曽の御嶽山が爆発したのだった。秋田駒ヶ岳も活火山で、気象庁によると御嶽山と同じBランクだという。爆発のニュースを知らず多くの登山者が紅葉した草紅葉を見ながら頂上を目指していたのだ。途中笹森山(1414m)に立ち寄る。山頂は笹が生い茂っているだけ。
 ロープが張ってある何か所かのガレ場を下り、ブナ林に入る。白い幹と空を覆う枝葉の樹林は森の豊かさを実感させる。
 気持ちよい道のはずだったが、歩く人が少ないせいで荒れている。えぐり取られて出来た溝の上に、藪が覆いかぶさり足を取られる。何回も転んでしまい、脚が弱っているのが否応なしに分かる。

 高低差500m、距離5㎞程度の下り行程なのに後半は完全にバテてしまった。身体全体は余力があるのだが脚がダメになっている。あと1㎞の地点で、身体が突っ立ってしまい、前にかがむことが出来なくなる。荷物は友人に持ってもらい、ふらつきながら歩く。単独行だったらと思うとゾッとする。
 コースタイムの倍近くかかって、バス停にたどり着き、鶴の湯という秘湯の宿へ。白く濁った露天風呂、萱葺きの旅舎、囲炉裏を囲んでの食事などが疲れを癒してくれた。

 最近、百名山のTV番組が多い。樹林を抜け、急坂を登り、岩を這いあがって出た尾根のお花畑やハイマツなどがまばゆく見える。たどりついた山小屋とそこでの団らんなど懐かしい光景が現れる。もう見るだけの世界になったのだと諦めるが、情けなくさびしい。

(14・10・23)

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