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「800字文学館」

小夜曲

川口 ひろ子

 わが国で最も親しまれているクラシック音楽といえば、モーツアルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」といえよう。
 小さな夜の音楽という意味のこのドイツ語は「小夜曲」と訳されて愛用されていたが、現在は「アイネクライネ」の呼び方が一般的だ。
 今日、300以上CDが販売されているこの曲の正式名称は「セレナード13番 ト長調 K(ケッヘル)525」。
 セレナードとは娯楽音楽のことで、モーツァルトが生きた18世紀に、貴族の祝い事や、宴会を盛り上げる為に演奏されたバックグラウンド・ミュージックだ。その場限りの消耗品で、注文に応じて大量生産され捨てられて行った。現代のテレビドラマの伴奏音楽やコマーシャルソングのようなものであろう。この種の音楽で今日まで演奏されているのはモーツァルトのこの曲のみである。
 全曲通して20分弱の小品、次々と流れ出る軽快、洒脱な旋律は、ウィーンの貴族の宴の華やぎを想像させてくれて楽しい。簡潔にして引き締まった第1楽章、流れるような旋律が美しい第2楽章、溌剌として活気に溢れた終楽章が好きだ。
 彼の晩年に作られたこの曲には謎が多い。自筆譜は行方不明、誰の注文で、何のために作曲されたのかは不明、また演奏された記録もない。
 晩年とは言えモーツァルトは31歳、まだ元気だ。だれの為でもなく、全身から湧き出る想いを一気に書きなぐったのではないか。

 遥か昔「春のよき夜」の歌詞で合唱した思い出の曲、一時期、デパートのバックグラウンド・ミュージックとして消費を煽っていたが、昨今は、「小夜曲」の名訳と共に消えてしまい残念だ。
「あののねー 暗いねー」という題名のもじりや、「ばか あーほ どじ まぬけー」の替え歌のように、あまりにも一般化されたためか軽んじられ、今日、音楽会でプロの演奏を聞く機会は少ない。
 平素はCDを聴き比べて楽しんでいるが、ライヴ派の私としては一寸寂しい。名人たちの飛び切りの名演奏を聴きたいものだ。

2014年9月11日

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