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「800字文学館」

「さんざし」実は「イワナシ」

野瀬 隆平

 NHKの朝の連続ドラマ、「花子とアン」に触発されて、『赤毛のアン』を読み返してみた。
 カナダのプリンス・エドワード島を舞台にした少女、アンの物語である。作者のルーシー・モントゴメリーは、アンの口を借りて、美しい島の春をこう描写している。
「さんざしは大好きな花、ほんとうに、さんざしなんてない国に住んでいる人がかわいそうだと思うわ」
 そうまで言わしめる「さんざし」とは一体どんな花なのだろうか。原書でMayflowerとあるのを、松岡花子が訳したものである。
 この「さんざし」が実際には何の花を指すのか、色々な意見が述べられてきた。英語の辞書を引くと、確かにサンザシとある。しかし、これはヨーロッパと北アフリカに分布する花で、カナダには無いはず。カナダでMayflowerと呼ばれているのは、実は、さんざしではなく、「イワナシ(岩梨)」であるというのが結論のようだ。
 茎が地を這うように伸び、春に淡い紅色の釣鐘型をした花を咲かせるツツジ科の植物で、北アメリカと日本の北海道、本州にだけあるという。日本人は「かわいそうだ」と思われずにすむ世界でも数少ない人たちなのだ。

 イワナシという解釈が定着してから、この語の訳に変化が見られる。最近出版された別の訳者の本では、Mayflowerにイワナシとルビが打ってある。一方、村岡訳の改訂版では、「さんざし」のままであるが、注書きに「原文にあるMayflowerは、イワナシのことであるが、ここでは元のままとしておく」とある。他に、「一般に五月に咲く花の意」という注を付けている訳本もあるが、これには賛同しかねる。

 ところで、我々が馴染んでいる『赤毛のアン』という日本語の題名、原作では Anne of Green Gablesである。gableとは、「切妻屋根」の意で、「緑の切妻屋根」のアンということになる。アンは、自分が赤毛であることに劣等感を抱き、一方、この緑の家に住んでいることを誇りに思っていたことを考えると、何故あえて赤毛の方を題名に使ったのか、興味深い。

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