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「800字文学館」

ライン河 少年から青年へ

志村 良知

 スイスアルプスは、東のライン、西のローヌの二つの谷によって南北に切り裂かれている。二つの谷を結ぶ通路はアンデルマットで北国からイタリアに至る南北の通路と交差する。「アルプスの十字路」である。
「父なるライン」は、アンデルマットの東、オーベラルプ峠に産声をあげる。

 せせらぎは谷川となり、少年ラインは東に向かって駆ける。栴檀は双葉より芳し、百キロあまり流れて古都クールを過ぎた辺りでは早や水運の船を浮かべている。ラインは、スイスとオーストリアの国境を成し、西ヨーロッパ第二の淡水湖であるボーデン湖に入る。
「昔聞くボーデンの水、今上る湖水城」と、古のフランク王国の詩人が謳ったかどうかは知らないが、三カ国に囲まれたボーデン湖は水運と観光で賑わう。

 湖の北西岸地域はスイスとドイツの国境がレース編のように入り組んでいる。青年ラインはこのややこしい場所から北海に向かって千キロを旅立つ。
 湖を離れてすぐ、ライン滝が落ちている。ラインのみならず、ヨーロッパの大河では唯一の川幅一杯に落ちる大きな滝は、ゲーテを驚愕させたという。ゲーテはナイアガラもイグアスも知らなかったのだから、まあ当然であろう。滝はラインの水運を上下に分断し、滝に面したシャフハウゼンの町は、この分断ゆえに栄華を誇った。

 スイス北部で、ラインはドイツ国境となり、支流も合わせて水運のみならず原発に冷却水を、工場に工業用水を提供しつつ、スイス、フランス、ドイツの三国国境点を経てアルザスに入る。ここから大規模な閘門式運河であるアルザス運河が平行し、水運が本格化する。アルザス平原には古くから枝となる運河が張り巡らされ、さまざまな産物を運び富をもたらした。コルマールの町の真ん中には船荷に税金を課すハプスブルクの双頭の鷲を掲げた税関が残っている。
 ストラスブールを過ぎると両岸はドイツ。青年ラインは「父なるライン」となって、ネッカーやモーゼルを併せつつ北海に向かう。

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