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「800字文学館」

旅の宿に期待する

川村 邦生

 日本の四季で一番美しい春、旅をするのに最適なシーズンが始まった。旅に出かける楽しみが、宿のかけ流し温泉と食事、自然の景色そしてその時その場での人との出会いだ。温泉宿は、海辺もいいが、やはり人里離れた山奥がいい。樹木の中で聞こえるせせらぎの音、風の音、葉擦れの音、そして鳥のさえずり。どれをとっても都会暮らしの私達ではなかなか得られず、心を和ませでくれる。
 かけ流し温泉では、浴槽からなみなみと湯が溢れ、窓を通した渓谷や森、林が借景となり、素晴らしい自然を味わえる。湯の後は地元で採れた食事をいただくに限る。勿論お酒は地酒が良い。さらに宿の人たちの心こもったおもてなしも大事だ。これだけのサービスがそろえば何回でも訪れたくなる宿になる。

 しかし一人ゆっくりと旅するのが難しい。悲しいことにほとんどの宿は一人だと断られる。一部屋に一人では割に合わないらしく、最低二人での宿泊を条件としている。最近は一人旅が多くなっているのに、時代感覚に逆行する姿勢が疑われる。
 更に残念なことは、山奥の宿にきて、都会でも食べられるマグロの刺身が食事に出る事だ。ワラビ等の山菜やヤマメ等の渓流の魚などを期待して宿泊する旅人の気持ちを宿のほうでも考えてほしい。このようなやり方を続けると自然に客は遠ざかるだろう。最近は宿の諸サービスや食事内容が分かるネットでの口コミがあり、その評価と怖さを知らなくて経営は成り立たない。
 温泉地で大型旅館やホテルの経営が難しくなり廃業する所が増加している。共通点は、バブル期と同じ経営方法で、団体や企業向け中心にその大宴会をあてにしている点だ。時代が変わった事に気付いていない。

 人生の残りを楽しみたいと思うシルバー層の人達が益々増えていく。預貯金額、可処分額が高く、ターゲットをこの年齢層に当てるビジネスモデルを立てることも必要だ。人生の疲れを癒してもらえる真にいい宿が増えることを望みたい。

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