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「800字文学館」

ある理系女子の話

濱田 優(ゆたか)

 話題のリケジョの星は、残念ながら軌道を外れて今にも地に落ちそうだ。が、地道に頑張っているリケジョたちは、社会の各所で増え、確実に存在感を高めている。

 昔は、理系女子は極めて少なく、60年前の私の高校時代、記憶に残っているのはクラスメイトのKさんくらいだ。彼女は数学と物理が際立って強く、クラス担任の数学の教師に、「君は数学と物理はもういいから、語学や社会の勉強に力を入れなさい」といわれたという。本人は笑っていたが、先生は本気で理系女子の先行きを心配したのだろう。
 Kさんはさっぱりした性格で女を意識させること少なく、クラス仲間はK太郎と呼んでいた。理系だからといって理屈っぽいとか勉強一筋というわけでなく、学校の行事にも積極的に参加していた。

 高校の後はW大の理工学部に進み、当時電子機器で日の出の勢いだったS社に入社して研究職に就く。まさに実力で男女の垣根を越えて、理系技術者の先頭と進んでいるように見受けられた。

 ところがところがである。数年後に彼女がS社を辞めて結婚したという噂を聞いて驚いた。技術だけでなく経営も国際企業として進んでいるS社ですら、先生が懸念したとおり、理系女子には越えられない壁があったのだろうか。

 次の同期会で彼女を見掛けるとすぐ確認した。彼女はあっさり結婚退社の事実を認める。「結婚したら退社しないといけないの」と聞くと、「それはない。自分の意思で」と答える。「会社や仕事に不満があったの」と尋ねると、「それもない」といい、しばし間をおいて「彼が望んだから」と告げた。
 そして、理解不能の告白を聞いて言葉が出ない私に「あたし、彼にぞっこん惚れてるの」と言ってのける。彼は鹿児島出身の古風で武骨な男だけれど、そこがまたいいと言うから勝手にしやがれだ。
 理系女子のKさんにあっさり「理系」を捨てさせた彼はどんな男だろう。
 最先端の技術課題にもまして、太古の昔からの男と女の問題は謎が深いようだ。

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