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「800字文学館」

冬の旅 5 レ・ボー・ド・プロバンス 滅びの城

志村 良知

 レ・ボー・ド・プロバンスは、南仏プロバンスに散在する岩山の一つに築かれた城塞都市である。中世、ここに居城を構えてプロバンス一帯を支配したボー一族は、フランス全土の制覇を目指すブルボン家と争った末、一族郎党滅び去ってしまう。その滅び方は私の故郷の武田一族に通ずるものがあり、不思議な親近感が湧く。
 現在のレ・ボーは人気観光地である。カルカソンヌより規模は小さいものの、人も住んでおり、崩れかかったなりに保存されている城壁の中は、シーズンには滅びの城を訪ねる人たちで賑わう。

 昨年の4月にレ・ボーを訪ねた時には、プロバンスは春でアルピーユ山脈はプロバンスの青にかすんでいた。

 國破山河在 城春草木深

 その岩山と大地が、アルミニウムの鉱石であるボーキサイトの名の由来だと知り、化学の徒として感激した。

 カマルグの宿の主が教えてくれた観光スポットは流石に正確で、白馬やフラミンゴの群れを眺めることができた。地中海沿岸の塩田風景も珍しかった。
 アルザスへの帰路についたのは昼頃。我が家までの700キロ余り、ひたすら高速道路を走って帰るのもつまらないので、真冬のレ・ボーに寄ってみた。ミシュランガイドによると、星付きのレストランもある。
 雪は無かったが駐車場の車もまばら、名物ミストラルも一休みで、レ・ボーは静まり返っていた。見覚えのある石段を登って町の中に入っても誰もいない。まるで完全な廃墟に来たようだった。お目当てのレストランも休みで、小さなカフェで昼食にした。
 寒く、人影のない滅びの町に土産物屋が一軒開いていた。絵葉書やワイングラス、マグカップなど雑多な物の中に陶器のコーナーがあった。このあたりには蝉がいるということなのか、壁には大小の陶器の蝉が並んでいた。棚に和食器かと見まがう小鉢があった。しかし、それらはお互いの上に不安定に乗っかるだけで重ならない不器用な器だった。小鉢は現役で、使うたびにあの冬の旅を思い出す。

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