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「800字文学館」

さよなら、グッドバイ

平尾 富男

 人と別れる時に、「さよなら」と日本人が言うようになったのは、いつの頃からだろうか。

「さよなら」の原型が「然様(さよう)ならば」であり、日本語の挨拶に共通した「省略」、「あいまいさ」を象徴している。「そういうことならば」の後に、「仕方がないですから、これでお別れしましょう」とか「また会いましょう」の言葉を敢えて口にせず、以心伝心でその意図するところを「暗黙の裡(うち)に伝える」、「お互いに察(さっ)する」のだ。これは日本人独特の無常観を表していると学者先生は仰(おっしゃ)る。「さらば(然らば)」、「それでは」も同義である。
 然(しか)らば、他の国ではどうであろうか。
 英語の「グッドバイ(Good-bye)」は、「神があなたと共にいますように(May God be with thee)」という宗教的観念に由来する。同じ西洋圏でも、筆者の知るかぎり、ドイツ、フランス、イタリーでは、「また会う時まで」と言って神様の存在を表現せずに別れる。英米だけがキリスト教の影響を強く受けている訳ではなかろうに……。西欧的な宗教観を持たないお隣中国でも、「再見(ツァイチェン)」だから表現は直接的だ。
 とはいえ、最近のアメリカでも「また会おうね(See you!)」と言って別れるほうが一般的だと気がついた。むしろ日本人だけが、本来の意味も知らずに「グッバイ」を使い続けている。ちょうど日本に来た外国人が、一様に「サヨナラ」と言ってニコニコと手を振るように。
 この「サヨナラ」という言葉、1950年代制作のハリウッド映画『八月十五夜の茶屋』や『サヨナラ』によって大いに欧米に広められる。これらの映画には、白人優越主義を根底とした未知なる日本への憧憬が込められていた。同じころ既に西洋化していた日本人は、香港を舞台にした映画『スージー・ウォンの世界』や『慕情』を、東洋的神秘を醸すものとして楽しんだ。

 最近見たテレビドラマで、今日限りで別れる女が「じゃーねー」と言って家を出ていった。こんな別れ言葉には「さよなら」を言いたい。

(2014.0313)

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