作品の閲覧

「800字文学館」

冬の旅 4 カマルグの豪華オーベルジュ

志村 良知

 雪のピレネーで時間を食い、カマルグに着いたのは午後6時過ぎだった。予約していた筈のホテルは門扉が閉まっていた。ホテルから来たファックスを確認すると、看板の名前に間違いはなく、日付けも今日であるが呼べど応えず探せど見えず真っ暗である。
 さあ大変、南国カマルグといえども真冬、野宿は出来ない。一番近いアルルまで行ってホテルを探すしかない、と判断して車に戻り少し走ると明りが点いているホテルの看板があった。地獄で仏とはこのことか、と車を乗り入れた。

 そこは個人経営の農家風ホテルだった。おかみさんに案内されたフロントとは別棟になっている部屋は、一階が居間と寝室、二階が大きなバスタブ付きの風呂、という豪華な二層タイプだった。おかみさんは「明日から冬期休業に入るから他に客はいない、夕食は私たちのテーブルで一緒にとってくれ」という。
 指定の時間に行くと、広いダイニングキッチンには巨大な体躯に立派な口髭の主がどっしりと構えていた。若いコックが目の前で料理を作ってサービスしてくれる。メインディッシュは手長エビのプロバンス風、主がシーズン最後の客へ、とワインを勧めてくれる。こちらも一本抜いて貰ってお返しする。
 彼は、野鳥と白馬で有名なフランスの異郷カマルグのガバルディン(カウボーイ)の元締めで、ブロマイドも出ている地元有名人だった。ホテルは十室くらいしかないのにホテルのロゴ入りのしゃれたアメニティグッズが揃っており、暖炉に太い薪が何本も燃えるロビーも農家の居間風な調度と装飾で、派手ではないが金がかかっていそうだった。
 翌朝、畜舎が幾つも並ぶ広大な敷地にまた驚く。岸に蘆が生えている大きな池では野鳥が遊んでいる。フロント脇には自家農場産のカマルグ米が、ロゴ入りのおしゃれな麻の小袋に入って積まれていた。
 おかみさんは、アルザスに帰る、という我々の道中を心配して、電話でアルルの新聞社に雪の状況を確認してくれた。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧