作品の閲覧

「800字文学館」

冬の旅3 雪のピレネー

志村 良知

 幾多の戦いを経験しているカルカソンヌ城塞は、異なった時代の石垣や城壁がキメラのように入り組んでいる。その不思議を見て回るガイドツアーに入った。片側が切り立ち、手すりも無い城壁の上部通路には凍結している所があり、狭い場所では一同壁寄りを蟹の横這いで行く。攻撃側に向けて石を落とす仕掛けの前では「危ないなあ、怪我したらどうするんだ」などと平和ボケ思考が出る。
 二日目の夜は宿の亭主の勧めで、カスレがうまいというレストランに行った。屁と胸焼けの元という名物の豆と肉の煮込み料理である。

 翌日は、ピレネーをかすめ、ローヌ河三角州のカマルグに出る、という旅程。
 作曲家フォーレゆかりのフォア(Foix)あたりから雨になった。ピレネー山地のとば口にあって背後に山が被り、箱根湯本のようなただずまいの温泉町エキス・レ・テルメ(熱い水の意味)を過ぎると、道は一気に急坂になる。
 標高が上がって、雨が本格的な雪に変わった。昨日のような粉雪ではなく、関東地方のような湿った重い雪で、みるみるうちに道路にも積もって行く。スノータイヤはこうした雪にも有効であるが、積雪10cm以上になると抵抗が大きくなって苦しい。ましてや登りである、この先どうなるのかと、胸焼けに悩まされながら先行き不安になる。標高1000mを越えると、路肩に放置された車が頻繁に現れる。

 標高1515m、アンドラへの分れ道のトンネル付近では完全に雪国の様相だった。トンネルを抜けた辺りは、フランスとスペインの国境が飛び地を含んで入り組み、高原鉄道も走る人気の観光地であるが、横殴りの吹雪でそれどころではない。道路だけは除雪車が入っていて何とか前進可能である。
 地中海方面に向かう長い下り坂の途中、パブロ・カザルスが亡命中暮らしたプラード(Prades)付近で雪が消えた時は心底ほっとした。しかし、高速9号線に入ると今度は地中海からの猛烈な横風で車が流される。日も暮れて緊張のドライブは続いた。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧