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「800字文学館」

旅の思い出

内藤 真理子

 青森県の三内丸山遺跡を見に行った。広い野っ原にあり、独特の丸太で組み立てられたモニュメントは、青空に向かってそびえて立ち、五千年前の人々の暮らしぶりも垣間見ることができ、来て良かったねと、夫と二人で言い合った。
 そして、次は佐賀県にある吉野ヶ里遺跡に行ってみたいと目標も出来た。

 入念に計画を練り、いざ、吉野ヶ里へ。東京から車で十五時間。開園時間の朝九時に到着。
 入口の木の柵の所で、白い筒袖の着物に、縄で編んだひもを腰に巻いた古代衣装姿の従業員に、入場券はどこで買えばいいのか、と聞くと、
「今日は皇太子さまがお見えになるので、一般の方は入れません」
「東京からわざわざ、吉野ヶ里遺跡を見る為に来た」と言うと、気の毒がって、「遺跡の周りの公園の柵から覗く事が出来ます」と教えてくれた。

 早速、柵に沿って公園の方に行くと、ロープが張ってありそれ以上近付けなくなっている。ロープを乗り越えて柵の近くまで行こうとすると、若くてきびきびした、聡明そうな青年が、少し離れて私達を見ている。
 夫は「エス・ピーだよ」と小声で言いながら、わざと怪しげに柵に接近した。すると、青年が近づいてきて「旅行者の方ですか」と世間話をするように聞いた。「そうだ」と言い、「わざわざ来たのに不運だった」と、大げさに嘆いた。すると青年は「柵の外からではあるが、見て行って下さい」と一緒に歩いてくれた。そこに、佐賀県警の警官がやってきて、
「ロープが張ってあるのに中に入るとは何事だ」と私達夫婦に目を剥いて怒り、
「あんたはなぜ怒らないのだ」と矛先を青年に向けた。彼は半ば笑いながら、
「旅行者で問題ありませんよ」
 すると、くだんの警官は怒りを爆発させ、
「県警は大がかりに警護をしているのに何たることだ」と言い募った。

 外に出るまで、他の車の陰で片足を前に出し、小動物のように神経を集中させてしゃがんでいたエス・ピーの動作と、出る時の穏やかな笑顔は、強烈な旅の思い出になった。

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