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「800字文学館」

大雪の記憶―とっておきの話

大月 和彦

 雪国育ちなので東京の積雪30㎝などには驚かないが、長野で五輪があった年の大雪には苦い思い出がある。
 一月のある日、夕方から雪が激しく降り始め、夜中には船橋でも20㎝も積った。電車が止まり、都心に勤める子どもたちは帰って来ない。
 久しぶりの雪に浮かれた気分になり、表に出てみた。
 小降りになっていたが、支柱が片方だけのカーポートの屋根が、雪の重みで喘いでいるように見えた。
 思い立って、支柱の外側にある1mぐらい柵の鉄パイプに足を乗せて、雪を掻き落としていると、足が滑った。あっという間に股裂きの形で落下し、急所が鉄パイプに直撃されてしまった。
 這うようにして家に入り横になるが、痛みが尋常でない。尿意を催しても全く出ない。
 救急車を頼むと雪のためいつ到着するか分からないという。

 近くの総合病院に電話して、家内と雪の中を歩いて行く。尿が出たような気がするので見るとパンツが血で真っ赤になっている。
 好運なことに宿直医は泌尿器科の医師だった。
 検査結果を見て、これはかなりの重傷だ、長くかかるだろうと言い、すぐ入院を指示する。
 落ちた距離は股下のわずか5,60㎝なのに、体重の全部が尿道中央部の一点にかかったので、押し潰されてグニャグニャになったという。

 痛さと恐怖の一夜を過ごし、朝になって満タンの膀胱にカテーテルをさし込んで尿を出し、ほっとする。
 破損した部分が固まってから手術して開通させるという。激痛に耐えた三週間の後、膀胱に開けた穴と尿道の先端の両方から針金状の器具をさし込み、ドッキングさせて開通する手術がうまくいった。退院後も導管をぶら下げる生活が数週間続いた。

 怪我の場所が場所だけに職場、友人、親戚への説明には苦心した。話してもゲラゲラ笑うかニヤニヤするだけで、慰めや見舞いの言葉はなかった。
 実は、あの晩サンダル履きで外に出て柵に乗ったのだ。雪を甘く見た代償は大きかった。

 先日の大雪の夜、離れて暮らす娘からお父さんに雪下ろしをさせないで、との電話があったという。

(14・2・27)

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