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「800字文学館」

あれから45年か

首藤 静夫

 東京の今年の大雪は45年ぶりだとか。45年前の私は大学1年生で、上京して最初の冬だった。学寮の食堂裏庭で雪合戦に興じている写真がアルバムに残っている。
 この学寮は7百人収容の大所帯だった。1年生の秋から半年間、この寮の食事委員をした。寮には従業員10数名を抱える大食堂があり、食事委員はここの運営を委ねられている。委員期間中は3食とも無料なのが魅力だった。
 委員の5人全員が私たちに交代してまもなく、栄養士が辞めたので補充することになった。栄養士用のテキストから試験問題を作って待ち構えていたら、応募者は1人。試験どころではない、こちらが入社を懇願した。
 従業員との賃上げ交渉もした。前委員の時の春闘が未解決のまま積み残されていた。どうすべきか皆目分からず、エイヤで月額千円アップを提示したらまとまった。
 事務の女性から指摘があった。長年勤めているという食券売場のKさん、あと数年で退職だが退職金の準備がないのだと。言われるままに彼女と区の相談センターに行った。役所の担当者曰く、「他の従業員の分も含めて退職金の積立を今からでも準備しなさい」。退職金積立? 何それ?
 結局彼女に、よきに図らへ、とお任せした。

 夜は食堂の1室で泥棒よけの宿直である。2畳ほどの畳の間に交替で泊まる。ここの夜具、いつからのものか、干したことがあるのか誰も知らない。しかし自分のベッドも同じようなものだ。
 広い食堂は物音もなく不気味である。他の委員たちが夜中に慰問にくる、安酒抱えて。
 つまみが欲しくなる。厨房には大きな冷蔵庫があり食材は豊富にある。使い残しのハムや蒲鉾などを探し出して、従業員に翌日気づかれぬ程度に、幾種類か、うすーく切り盗るのだ。これが泥棒よけの宿直だった。
 私たちには、食堂運営に必要な知識は何一つなかった。学生が叫ぶ自治は口先であり、職場は従業員がしっかり守っていたのだ。
 冒頭の雪合戦の写真はその頃の懐かし1枚である。

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