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「800字文学館」

冬の旅2 カルカソンヌは遠かった。

志村 良知

 ル・ピュイ・アンバレイで1997年の元日を迎えた。夜中に携帯ガスコンロで雑煮を作り、友が送ってくれた日本酒で正月を祝う。
 明けると建物も車も昨夜降ったふわふわの粉雪に覆われていた。今日の目的地はカルカソンヌ。ピレネーにほど近い城塞都市で、中世をそのまま缶詰にしたような町である。

 ル・ピュイを離れ、南に向かう。バックミラーに自分が巻き上げる雪煙が写る。通過する町や村は静まり返って人の気配がしない。
 行く手の中央山地は雲に覆われていた。山地を迂回してもカルカソンヌには行けるが、それでは面白くない、と敢然と山道に向かう。
 昼時になったが、レストランもカフェも開いている気配がない。それは覚悟してたので、見晴らしの良い場所に車を止め、ガスコンロでインスタントラーメンを作る。寒い。

 峠道にかかる。空には暗雲、積雪は10センチ無いが、かすかな轍は今日のものではない。ここまで来てしまってルート変更したら今日中にカルカソンヌには行きつけない。急な雪道を慎重なハンドル、アクセルワークで登って行く。標高1380mの峠のてっぺん手前で雲の上に出た。周囲は白銀の世界で真っ白な峰が快晴の空に輝いていた。下りはアクセルに加えてブレーキ操作も慎重になる。地中海と大西洋の分水嶺の標識前で記念写真。
 下りきって雪も消え、やれやれと思う間もなく日が暮れた。車の外気温計が下がり始め、五時過ぎには氷点下5度を示した。真っ暗な路肩に車を止め、路面をチェックすると、濡れて見えるところは凍結している。カルカソンヌまではまだ80キロもある。
 田舎道には明かりはなく、ヘッドライトの輪の中の路側帯とセンターラインだけが頼りである。南無タイヤ八幡、と念ずる。隣の連れ合いは押し黙っている。

 フランスには「カルカソンヌを見て死ね」という言葉があるが、ライトアップされたカルカソンヌの城壁が見えた時は、兎に角見ずに死ぬのは免れた、という思いだった。

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