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「800字文学館」

雪国の経験②(雪とのたたかい)

首藤 静夫

 雪国の哀しみ焚けりどんどの火
 この拙句は、新潟県・上越地方に転勤後初めての小正月に詠んだものである。お恥ずかしい感傷的な句だ。実際の雪の生活は感傷とはほど遠く、たくましいものだった。
 雪国の冬は早朝の雪かきから始まる。除雪車の近づく音が聞こえてくると、車庫前や玄関前などの雪をそれっと公道にかき出す。それを除雪車が引っかいて道の横に積み上げていく。出遅れると公道には出しにくい。
 工場も同じだ。始業前から雪かきの光景が随所で見られる。従業員は車通勤が多い。うす暗いうちから自宅車庫前の雪をかき、工場でもかき、そして帰宅後は家の回りをかく、これが日課である。

〝ドドドーン″と轟音が響いた。事故か?と私は緊張した。が、工場の大屋根から滑り落ちる大量の雪の音だった。長さ800m、大屋根の頂上の高さ27mの巨大工場から時おり落下する雪のものすごさ。冬季は近づけないように周囲が封鎖されている。しかし積雪が高くなり、廂の上の雪と繋がってしまうと大変だ。下に引っ張られる力で廂が壊されてしまう。そうなる前に重機で取り除く。工場のどこかで毎日見られる作業である。800mの長大な工場は4棟もあるのだから。
 事務所回りはスコップやママダンプで人海戦術だ。自転車置場のスレート屋根に上がって除雪中の従業員が安全管理者に注意されていた。カンジキをはいていなかったのだ。カンジキの実物を私は初めて見た。
 守衛所の屋根は頑丈で長靴でも上がれる。雪の階段から興味半分に私も上がった。大きな角砂糖のように四角に切り取った雪を一度落としてみたかったのだ。取りかかるや、くだんの管理者にやられた。
「安全責任者が不慣れな高所作業なんて……労災になりかねませんよ!」
 すごすご退散した。
 彼らは真剣なのだ。息をはずませ、顔を紅潮させ、掛け声をかけあって、きびきびと動いている。雪とたたかっているのだ。雪がもの珍しい私の出番はなかった。部下を頼もしく思ったことだった。

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