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「800字文学館」

泥棒は考える

都甲 昌利

 ベルギーのブラッセル支店に転勤になった。当時ブラッセルはヨーロッパの中でも治安が良く最も安全と言われていた。しかし、着任後、数日して泥棒に入られてしまった。前任者の家は郊外の住宅地にあり大きな家だった。私もこの家を引継ぐつもりでいた。前任者は家族を帰国させていたので単身で、私も独り身で赴任した。彼は引越し荷物を既に送り出し、残っていたのはスーツケースと書類カバンくらいだった。私も家族を呼び寄せる前まで必要な身の回り品で旅行かばんとダンボール箱2,3個だった。
 私たちは業務の引継ぎで多忙を極めていた。帰宅は毎日12時近くだった。泥棒は裏の2階の窓ガラスを壊し、手を入れ内部から鍵を開けて侵入し、下に降り1階の玄関を開けた。推測だが犯人は二人と見張り一人ではないか。我々が夜遅く帰るのを知っていたのだ。被害は前任者の方が甚大だった。高級カメラ、ボールペン、金製・銀製のタイピン・カフスボタンなど。私は高級品を持っていなかったので被害は少なかった。翌日、警官が来て現場検証をしたが、「保険をかけてあるなら被害は保険でカバーしろ」。

 道路を隔てて向かい側に二階建ての瀟洒な家があり、中年の夫婦が住んでいた。夫人は気さくな人で、挨拶に行ったとき「この辺はコソ泥がいるから気をつけなさいよ」と注意された。

 その家が空き巣にあった。ことの顛末はこうだ。
 庭先に彼女が買い物に使う自転車が置いてあった。或る日、この自転車が盗まれた。彼女は落胆していたが、数日してその自転車が戻っているではないか。荷物入れに封筒が入れてあった。読むと「先日は失礼しました。歩いて用事を済ます予定でしたが、急いで済ますためについ自転車を拝借してしまいました。お礼としてコンサートの切符を2枚同封しますので、ご主人とお楽しみください」と認めてあった。なんと律儀な人がいるものと思い二人は招待を受け出かけた。帰宅して玄関を開け中に入ると家中が荒らされ宝石類など貴重品がなくなっていた。

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