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「800字文学館」

裸でクリスマス

志村 良知

 裸でクリスマスを過ごすならカナリアだ。地中海は冬の天気が悪い。というわけでカナリア諸島にはヨーロッパ中から避寒客が押し寄せる。
 その一員となって着いたテネリフ島のホテルでの最初の部屋は、ベランダから身を乗り出して顔を捩じれば岩と波が見える、という陸側だった。まあ海は見えるか、と思ったが、夕食時に食堂で二、三話してみると、同じツアー仲間はオーシャン・フロントの部屋が多そうである。夕食後ツアーガイドに部屋割の事を聞くと「それはホテル・マターである」と言う。「む」と俄然ファイトが湧く。連れ合いに「手柄頼む」と送り出され、フロントにねじ込む。

「なぜ同じツアーなのに部屋がオーシャン・フロントと、そうでない部屋になっておるのか」
「それはツアーの名簿順に割り振ったのである」
「それは到着順と理解して良いか」
「そうである」
「ならば、明朝海側の部屋の客がチェックアウトして部屋が空いたら、そこ我々は入れるのか」
「いや、部屋は一週間単位と決まっている」
「そんな規則にはアグリーできない。我々は明日着く客より先に着いている。到着順なら、明朝空いた部屋に入る権利があるはずだ。部屋は一週間単位なんて旅行契約のどこにも書いてない。責任者からの説明を求める」
 当時、私は営業マンでクレーム対応は慣れていた。今日は立場が逆である。仕事の英語の文型で単語を適宜変えるだけでがんがん行ける。日の丸を背負っているという自負もある。するとこちらの勢いに気圧されたのか「明日の朝お返事します」と言う事になった。

 朝食前に電話。
「部屋を移って頂くことになったので準備しておいて下さい」
 そして朝食後。
「お部屋の用意ができました」
 新しい部屋は、目の下にプールとビーチパラソルの花、その向こうには大西洋と対岸の島影、夕陽はその島に沈む、というこれぞカナリアのリゾートホテルという環境だった。ごね得という言葉が頭をよぎったが、残り五泊を陸に海は代えられない。

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