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「800字文学館」

アルザスのクリスマス

志村 良知

 マロニエや菩提樹の巨木が葉を落として裸になると、コルマールの町ではクリスマスの準備が始まる。
 商店の飾り付けやイルミネーション、マルシェ・ド・ノエル(クリスマス市)の屋台店、肉屋の「生フォアグラ注文受付」の張り紙などが現れ、酒屋には醸造各社のビエ・ド・ノエル(甘口のクリスマス限定ビール)が並び、さらに迫るとシャンペンの値引きが始まる。
 クリスマス・ツリーはアルザス起源と言う説もあり、マルシェでは樅の木専門店が大きな面積を占める。マルシェでの主役もそれに下げるオーナメント類で、こまごまとした可愛いもの、綺麗なもの、きらきら光るものがぎっしり並ぶ。
 珍しかったのは、蜜ろうで作った家や人形のろうそく、ツリーの根元に置くキリスト生誕像などだった。蜜ろうのろうそくは燃える時甘い香りがする。オーナメントも町の専門店の高級品は、びっくりするような値段がするが、マルシェに並んでいるものは庶民的な値段である。
 コルマールのマルシェは観光スポットの中心の旧税関広場と、イーゼンハイムの磔刑図で有名なドミニカン教会広場の二か所に開かれる。甲乙つけ難かったが、私はドミニカン教会広場のマルシェに暗くなってから行くのが好みだった。
 アニメ『ハウルの動く城』に登場した木組みの家、フィステール館に入っている酒屋の出すヴァン・ショはうまいと評判だった。ヴァン・ショとは、香草や蜂蜜を入れて熱した赤ワインで、当然売れ行きの良い店で、どんどんワインが補充されているものでないと美味しくない。
 寒い中、ヴァン・ショを飲み、焼き栗や切り売りのクグロフを食べながら、ほのぼのとしたイルミネーションを楽しみ、マルシェを冷やかして歩くのはこの季節のアルザスの売り物で、観光客も交えて毎晩ごった返す。
 マルシェで吟味した樅の木を持ち込むと家中が森の中のような香りがしてくる。家にもクリスマスツリーが立つと気合が入り、ほぼ毎晩マルシェを漁って回る事になる。

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