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「800字文学館」

開聞岳の外側

内藤 真理子

 薩摩半島の最南端にある開聞岳は円錐形の美しい山だ。鎖国の時代も細々と異国との交易をしてきたというこの地で、開聞岳というなまえは、未知の国に向かって聞き耳を立てているようではないか。
 そんな山なのに、地図で見ると、知覧から、これから行こうとしている指宿までの海沿いの道が無い。陸側の裾野を迂回しないと行けないのだ。
 出来ることなら海を見ながらドライブをしたい。
 夫と二人で、定年記念ドライブ旅行をした時のことだ。
 私達は、地図に無い細い道を海に向かって車を走らせた。松林まで来ると、道は枯葉でうずたかく覆われている。踏んだ跡も見えないが、その先も続いていそうだ。
 恐る恐る先に進むと、太平洋が視界いっぱいに飛び込んできた。そして海沿いにはアスファルトのセンターラインまである広い道。
「やっぱり海沿いの道はあるのよ」嬉しくなった。
 その道を、海風を受けながら快調に車を走らせていたが、所々に枯れ枝が落ちている。人も車も通った気配が無い。変だな、と思いながらも海を見ながら快適に進んだ。
 三十分ぐらい行ったところで突然道が切れ、深い森になった。
 そこには、先の見えない真っ暗で小さなトンネルがある。思わず夫はブレーキをかけた。車一台がやっと通れる幅。
「どうするの」
「行かなくっちゃしょうが無いじゃない」と言いながら、夫は窓を全部閉めた。
 こわい。魑魅魍魎が出てきそう。トンネルの中は曲がりくねっていて、ヘットライトの先は壁ばかり。それでも少し目が慣れてきた。
 天井には明りとりの穴があいている様子。地上は草が生い茂っているのか植物の根っこが穴から垂れ下がっている。
 二キロほど行った所で出口の明かりが見えてきた。
「良かった~ぁ」。外に出た途端、またもやトンネル。
「こわい、こわい」と言い続けながら、やっと長いトンネルをぬけた。
 出口は、丈の高い草に覆われていたが、かき分けるように進むと一般道に出られた。
 あれは何だったのだろう。

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