作品の閲覧

「800字文学館」

ヘルシンキからモスクワへ帰る

都甲 昌利

 ヘルシンキに来た目的は日用品の買出しであるが、折角来たのだからヘルシンキ大聖堂、シベリウス公園などを観光した。
 ホテルの近くにストックマンというデパートがあり、ここでなんでも揃う。トイレット・ペーパーやティッシュは山ほど買った。店員に気違いと思われた。その他、玄関マット、シャベル、衣類に帽子、外套など。デパートで目を引いたのは素晴らしいデザインのフィンランド製のクリスタルグラス類である。花瓶やグラス類を購入した。店員はとても親切だ。レストランでは東郷ビールで喉を潤した。

 トランクと後部座席に荷物を積み込み、ソ連国境に向けて出発した。国境まで約150キロ。道路標識も分かりやすく道路がきちんと舗装されて運転も疲れない。2時間ほどで国境に着いた。白い瀟洒な建物があり出国事務所だ。出国手続きは簡単。隣接するレストランで昼食を摂った。色白の人の良さそうな中年のおばさんがやってきて、「レニングラードかい、それともモスクワまでかい?」と聞くので「モスクワまで」と答えると「止めときなさい、あんな何もない所へ行くのは」と言う。「モスクワで働いているので」と言うと「まぁ、お気の毒に」と深く同情された。ソ連領内の道路を思うと沈んだ気分になったが、意を決して車を走らせた。おばさんは手を振って見送ってくれた。遮断機が開いてソ連国内に入った。
 次はソ連の厳しい検問所だ。入国審査と税関検査を受ける。出国ほど厳しくない。商品を一つ一つ書き出して申告しなくて良い。車と積んである荷物をまとめて一個分で良い。なんと大雑把なことか。

 再び車を走らせた。レニングラードで一泊、翌朝モスクワへ一目散。帰路は往路より楽だった。気の遠くなるような広大なロシアの森の真っ直ぐな路をひたすら走る。
 モスクワまでもう直ぐだ。薄暮で運転しにくい。翌年のことだが、私の後任者がヘルシンキからの帰路トラックと衝突し命を落とした。私は無事我が家に着いた。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧