作品の閲覧

「800字文学館」

毛の話

志村 良知

 頭髪が癖毛というわけではないが、生える方向が位置により勝手気ままで、世間の標準的な長さに切ると、朝には爆発状態になっていて収拾がつかない。かなりの長さの長髪にするか、さもなくば短髪にするかで、リタイヤ後は手入れ不要の短髪にしている。これは親譲りで親父も対策として坊主頭だった。  散髪で1センチ以下に刈り込むと、直後の頭頂部付近で渦巻く黒白だんだらの外観と感触は独特である。現役時代の職場の飲み会に誘われた時、背後に立った女子が私の頭への好奇心に耐えきれずに触って「おもしろーい」と声を上げ、「触らせて」とわらわら寄って来られたことがある。それは恒例となり、誘われたら床屋に行って感触を整えてから出かけたが、今は人も変わって誘いもなくなった。

 ヒゲ剃りは、最初から電気カミソリ派である。買い替えの時、今度は最高級品を、と思い数万円クラスの製品の棚で悠然と品選びしていたら、店員がやって来た。私の顔をジロリ一瞥、「お客さんでしたら」と数千円の製品の棚の前に案内された。むっとしたが、私のヒゲ位なら何もそんな高価な電気カミソリを使うまでもない、という親切心からだったらしい。実際その時買った5千円ほどの電気カミソリは、10年以上経っても切れ味は全く衰えない。

「歳とると眉毛や鼻毛が伸びるのが早くなるね」と、以前、床屋の親方に話したら「それは毛が伸びるのが早くなるからではなく、抜け変わる間隔が延びるので長くなるのだ」という説明だった。今行っている格安床屋のお姉さんに聞いても同じ答えだった。
「長いのを抜くと涙が出るくらい痛いんだよ」というと、秋田出身だというお姉さんはおっとりと「長い毛を抜いちゃ駄目です。抜くと眉毛はなくなっちゃうし、鼻毛は黴菌が入りますよ、私が切ってあげます」。と涙が出るような事を言ってくれた。
というわけで、順番がうまく当たって、お姉さんに鼻毛を切ってもらえるかどうかが3週間に一度の楽しみになっている。

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧