作品の閲覧

「800字文学館」

住職が逝って

大月 和彦

 この夏、信州の小さな寺の住職Tさんが長患いの後遷化した。70歳だった。
 わが家の菩提寺の住職が十数年前に亡くなり、後継ぎがいなかったので、隣の集落にある寺のTさんが兼務して葬式、法事、盆行事など寺の仕事をしていた。
 都内の仏教系大学を出て会社に勤め、転勤で札幌にいる時スキーで知り合った地元の女性と結婚、会社を辞め札幌に住みつく。僧籍を生かして市内の寺に勤めて収入を得ていた。歴史の浅い札幌は寺が少なく、僧侶は引っ張りだこで、戒名代、葬式や法要などの布施の額が信州とは格段に違うなどと話してくれた。
 Tさんの父の死後、生家の寺を継ぐことになり、家族を札幌に残したまま故郷の寺に単身で赴任し、二つの寺にかかわっていた。高校の後輩だったこともあって、彼の会社勤めのころから気楽に付き合い、オレの葬式の時は世話になるよと会うたびに頼んでおいた。

 故郷を離れてから60年余、すっかり縁が遠くなった。
 縁もゆかりもなかった今の住いが終の住処になるだろう。望郷の念だろうか、せめて冥土へ行く時ぐらいは父祖の地の僧侶に世話で、との思いがつのり、家内にも伝えてあった。
 そのTさんが死んでしまった。彼の子どもは後を継ぐ気配はないという。見事なしだれ桜があるこの古い寺は住職が居なくなってしまうのだろうか。
 村の人達も困っている。とくに熱心な信徒とはいえないものの、葬式、法事、盆行事など寺と住職は生活と深くつながっていた。住職が居ることで安心していた面があった。
 近くの同じ宗派の寺に後継者を頼んでいるが、檀家の少ない山間地の寺の住職を見つけるのは容易でないようだ。過疎地域での医師不足が深刻な問題になっているのと同じように住職のいない地域が増えているという。
 無住の寺を維持するのも地元にとって大きな負担だ。雪深いこの地では除雪だけでも大変だ。
 あの世への儀式の引導を頼んでいた住職に先立たれ、「終活」計画の一部がほころびてしまった。安心して往生できないではないか。

(13・10・10)

作品の一覧へ戻る

作品の閲覧