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「800字文学館」

東京の緑

清水 勝

 東京は緑が多い。恐らく武蔵野の台地に新しく作られた都市だからだと思い込んでいた。そうではないことに江戸大名屋敷歩きをして解った。
 江戸時代には全国に三百の藩があり、参勤交代の関係から各藩が江戸に上屋敷、中屋敷、下屋敷を持っていた。合計九百余の大名屋敷があり、その敷地面積は江戸の三分の一を占めていたらしい。それぞれの土地は幕府から貸与されていたが、その場所はいわば都市計画に沿って決められていたようだ。格式の高い藩は今の大手町・丸の内地区、続いて霞が関・永田町、そして赤坂・愛宕地区であった。
 その大名屋敷には必ず池泉回遊式庭園があり、大名以外に旗本・御家人の屋敷にも同様の庭園があったことを考えると1千もの庭園が江戸にあった訳で、いわば庭園都市を形造っていた。
 それらのうち今も公園として緑を提供してくれている主なものは次の通り。

・小石川後楽園=水戸藩徳川家 上屋敷 ・新宿御苑=高遠藩内藤家 下屋敷
・代々木公園=彦根藩井伊家 下屋敷 ・有栖川宮記念公園=盛岡藩南部家 下屋敷
・自然教育園=高松藩松平家 下屋敷 ・青山霊園=美濃郡上藩青山家 下屋敷
・旧安田庭園=宮津藩松平家 下屋敷 ・六義園=柳沢吉保別邸(後に大和郡山藩下屋敷)
・旧芝離宮恩賜庭園=紀伊徳川家 下屋敷 ・戸山公園=尾張藩徳川家 下屋敷
・六本木ヒルズ=長府藩毛利家 上屋敷 ・教育の森公園=陸奥守山藩松平家 上屋敷
・檜町公園(東京ミッドタウン)=長州藩毛利家下屋敷 ・戸越公園=熊本藩細川家 下屋敷
・八芳園=旗本 大久保彦左衛門忠教 屋敷 ・椿山荘=久留米藩黒田家 下屋敷

 こうしてみると下屋敷が多いが、それは上屋敷の江戸事務所的役割に対し、下屋敷は別邸、別荘といったものであり、藩主の権力・教養を示そうと立派な庭を競い合って造っていた。
 それだけに国元の経済的負担は大きかっただろう。どうやら東京の公園には地方の苦渋がしみ込んでいるのかなと思いながら大名屋敷跡歩きを終えた。

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