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「800字文学館」

銀行統合の日の片隅で

内藤 真理子

 銀行の統合が頻繁に行われていた時期、私が働いていた銀行も統合されることになった。
 為替の仕事をしている。支店から届いた依頼伝票を見て、振り込み相手の口座に入金するのが主な仕事だが、この日の私は、受取人口座に入らなかったものを、コンピューターが印字して出したのを、仕分けする係りになった。
 夥しい数の記入ミス等による振り込み不能のもの、更に、問い合わせの回答等が、ランダムに吐き出されて来る。連番になった一枚一枚を切り離しながら確認し、豆印を押して、受付け支店ごとに仕分けする。
 係りが、それを見て、支店に電話で問い合わせる殺気立った声。他行からの問い合わせに答える声。それに混じって「これ、間違ごうて、入っているやないの!」など、大阪弁の怒鳴り声まで飛び出す凄まじい喧噪。負けじと〝カチカチジー″っと、機械音を立てながら際限なく打ち出される印字票。普段の何倍もの数。追いつかない。上司も手伝いに来る。
 次々に出てくる印字票は帯のように長くなり、切っては入れ、切っては入れの、髪ふり乱しての肉体労働だ。
 三時二〇分、他行とのコンピューターの接続が終わった。
 上司が横に来て「日本中の人が、この統合を注目しているんだよ。新聞の一面に載り、歴史に残るような場面に君は立ち会っているんだよ」と、にやりと笑った。
 上司も感慨無量なのだろうな。
 仕事は終っていないが、ホッとした空気が流れる。
 印字票は、もうほとんど出てこない。ベテランの社員が、見落としはないかと、確認作業をして、豆印の無いものの再印字を始めた。
 その時、ものすごい勢いで、コンピューターが動き出した。
〝カチカチジー〟大量の紙が飛び出す。どうやら、再印字をする時、初めの数字を入れ間違えたらしい。
〝カチカチジー・カチカチジー〟は、まるで統合初日のファンファーレのように、終業間際の事務室で、高らかに鳴り響きながら、何百枚もの印字票をはき出し続けていた。

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