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「800字文学館」

絵を読み解く ―国吉康雄―

野瀬 隆平

 瀬戸内海の直島に、美術館と良いリゾートホテルがあると聞いて訪ねた。
 夕食前に行われる鑑賞のギャラリーツアーに参加する。20名ほどの客が、女性ナビゲーターの案内で絵を見ることに。
「今日は、ツアーの様子を撮影し録音しますので、予めご了承下さい」と係の人から話がある。案内人が一方的に解説するのではなく、見る人たちも感じたことを話し、対話する中で作品の本質に迫って行くのである。この記録は、いずれどこかの学会で発表するらしい。
 さて、鑑賞する絵は、特別企画展として展示されている国吉康雄の作品である。正直なところ、この画家については名前も知らなかった。岡山出身の国吉は、明治39年に17歳で渡米、苦労の末、近代絵画の世界で地位を確立、日本でよりアメリカで有名になった。
 作品を見ながら、ナビゲーターと参加者との間で対話が始まる。特に、「ミスター・エース」という色彩豊かな油彩画の前で長い時間が割かれた。ピエロのお面をずり上げて素顔を晒した男が、口元に薄笑いを浮かべている。画面の上には、女性の足元の一部が、また下の方には、奇妙なお面をかぶった人間が、底から這い上がろうとしている、という何とも妙な構図だ。作者はこの男を通して、何かを訴えようとしているのは間違いない。
「あなたは、この男から何を感じ取りますか」、とナビゲーターから質問が発せられる。一人が、
「仮面を取って、本来の素顔を出し、ほっとしているように見える」と答える。
「いや、私には『おまえら、何も知らないだろうが恐ろしいことがあるのだぞ』と警告しているように思えます」、と別の人が言う(実はこれ私)。
 見る人間によって、受け取り方が違って当然で、正解があるわけではなかろう。ナビゲーターも、あえて自身の考えを述べない。しかし、鑑賞している人たちが、この絵に対する認識を深めて行ったことは確かだ。
 今回の鑑賞では、これまでとは異なる充実感を味わう共に、わずかながら疲労感が残った。

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