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「800字文学館」

クリムトの『ダナエ』

平尾 富男

 自分が活躍した時代そのものから嫉妬された画家、グスタフ・クリムトは1862年にウィーンで生まれる。当時タブー視されていた裸体やエロティックでスキャンダラスな画風が、非難と中傷の的となった。それでも、画家は自らの信じる表現を追求し続け、新しい芸術の波を先導した。
 今でこそ最も人気のある画家の一人となり、その絵画は観るものを虜にする。

『ダナエ』(1908年)は、黄金の雨に姿を変えたゼウスが幽閉されたダナエと交わるというギリシャ神話に由来する。ダナエが身をふるわせてエクスタシーに昇り詰める姿を大胆かつ優美に表現した作品だ。
 膝を曲げた左脚を胸まで上げ、太ももから腰の部分を強調したダナエの露なポーズがエロスの極致にまで昇華されている。
「黄金の時代」と呼ばれる一時期のクリムトの画風に特徴的な金色が、この絵では無数の粒となって惜しげもなく下腹部に降り注ぎ、神話を見事に現出した。
「孫に殺される」と予言されたアクリシオス王は、娘のダナエを閉じ込めて男を近づかせないようにしてしまう。そのダナエをゼウスが目にとめ、そして生まれたのが王の孫ペルセウスだったと神話は伝える。

 既に十六世紀には、ヤン・ホッサールトが胸を露にして脚を開いたダナエを、そしてコレッジョが寝室のダナエ裸婦像を世に出している。さらに一世紀下って、レンブラントも同じ神話に触発され、ベッドに横たわる『ダナエ』(1636年)を描いた。それは一七世紀の裸婦像としては最も有名な作品となった。
 どれもダナエの美しい裸体を描いているが、クリムトの作品とは趣が違って、神話に語られたゼウスとの交わりを直接的に暗示するものではない。

 甘く妖しいエロスを感じさせる赤裸々で官能的なクリムトの絵を、当時の人々は激しく非難した。画家はそんな人々の心の奥底に潜んでいる欲望と真実を、直向きな勇気と天賦の才能で描き続けて時代を超えた。
 その代表作の一つが『ダナエ』なのだ。

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