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「800字文学館」

シュラスコ

中村 晃也

 一九八十年サンパウロに出張した際、現地では物凄いインフレが進行中でドルを持っているとどの店でも大事にされた。
 現地で案内されたのが、四十人分くらいの客席のあるシュラスコのお店で三方の壁にペチカ状の炉があり、ゴウゴウと火が燃え盛っている。サーベルの長さの鉄串に刺さった直径四十センチほどもある肉の塊がグルグル回っている。あれは牛、こちらは羊、そこは子豚と言った具合だ。

 ビールを飲んでいるとガウチョ姿のウエイターがサラダとスープをワゴンに乗せて近づいてくる。「フェジョンスープ?」。「シー」
 柄杓一杯のスープが大型の深皿にジャーッと入る。「サラダ?」。「シー」
 再び柄杓一杯の大雑把に刻まれたレタス、トマト、キュウリが別の大皿に盛り上がる。
 別の男がジュージュー音を立てている鉄串をドンとテーブルに突き刺す。炭火でコンガリ焼いて、粗塩をまぶしてある肉塊の、食べたいと思う部分を手でなぞるとその通り鋭いナイフで切り取ってくれる。
 すぐに別の男が皿にのせた豚の肝臓を、更に鶏のハツの部分を、これは牛の心臓、これは瘤牛の瘤、次の鉄串は羊の腿と際限が無い。

 隣のテーブルには二人連れのパウリスタ。ムラートと呼ばれる混血美人だ。コーヒー牛乳を思わせる艶のよい褐色の肌、ボイン、キュキュッの素晴らしいプロポーション。混血特有の可愛い目鼻立ち。みとれているとまたまた鉄串がドンと目の前に突き刺さる。
 彼女らはスペアリブを注文している。肋骨周辺の肉が一番美味でしかも肥らないという。気が付くと彼女らのサイドテーブルには、食べ終わったあばら骨が山のように盛り上がっている。彼女らは黙々と眼前の肉に取り組み、次々に骨を積み上げていく。

「すごいなあ。頼もしいよ」と感心していたら、連れが「中村さん、あんな女を相手にしたら駄目ですよ。見る間にあばら骨だけにされちゃうよ」
 ちなみにレストランの支払いは前払いだ。食べている最中にインフレが進行して値段が上がってしまうからだそうだ。

平成二十五年 六月

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