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「800字文学館」

謎の奥州天台寺

大月 和彦

 JR二戸駅から浄法寺行きバスで岩手県北部の安比川に沿って、花輪盆地に向かう。いくつかの山あいの集落を経て小さな盆地に出る。盆地のはずれにある山の中腹に天台寺があった。参道入り口に桂の老木がそびえ、根元からこんこんと水がわいている。桂清水といわれる。

 八葉山天台寺。奈良時代に聖武天皇の命を受けた行基が創建したと伝えられるが、学問的には疑問があるらしい。
 当時この地方には朝廷の威に服さない蝦夷が住んでいた。朝廷は坂上田村麻呂を派遣して制圧を図る一方、仏教の力で教化を試み、その拠点として建てたといわれる。
 創建時の様子は記録がなく不明だったが、14C南北朝時代になって、ここに勢力を持つ南部氏から鐘の寄贈を受けたという資料が見つかっている。
 江戸時代になってから南部藩の援助があったものの荒廃は進み、仏像などが散逸した。
 かろうじて平安中期作とされる鉈彫りの聖観音像(重文)などの仏像と室町期に建立された本堂などがわずか残されている。最近の発掘調査により仏器や堂塔の跡などが発見されたが、寺の歴史は依然謎に包まれている。
 明治維新後の廃仏毀釈で堂塔や仏像が破壊され、さらに戦後の混乱期には寺域の森が伐採されるなど波瀾に満ちた歴史を持っている。

 昭和62年、作家瀬戸内寂聴が今東光の後を継いで住職に就任、再興をはかった。毎月本堂前で行う法話「みちのくあおぞら説法」が有名になった。盛名を慕って全国各地から多くの信者が集まったという。住職を辞めた現在も春、夏、秋の三回法話を続けている。

 参道入り口の桂清水で、手を洗い口を漱いで身を清める。「ご自由にお使いください」とある籠から手製の杖を借りる。参道入り口に「運気向上坂」の看板が立っていた。運がつくのを期待して坂道を登る。
 仁王門をくぐると江戸前期建造のこじんまりした本堂(観音堂)がたたずんでいた。

 都から遠く離れた最北辺の地に建てられた天台寺は、荒廃した時期があったとはいえ今も多くの人々に信仰されている。

(13・6・28)

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