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「800字文学館」

銀行通帳

平尾 富男

 アメリカから帰った1983年、当時の「東京銀行」に米ドル預金口座を開いた。持ち帰った米ドルの保管、その後アメリカから送られてくる米ドルの一時受け取り場所として必要だったからだ。
 一年後、住宅の建築資金の一部としてそのドル預金の大半を引き出し、そのまま忘れてしまう。あるとき、その預金通帳がタンスの隅から出てきた。残高はUS$25.56とあった。
 20年以上も前の古びた通帳が使えるのかどうか心配になる。念のために近くの「東京三菱銀行」に持参し、通帳解約を申し入れたときのことである。

 窓口嬢が通帳を受けとると一度奥に引っ込み、10分後に戻ってくる。すると、通帳を作った時点の住所その他についての質問攻めが始まる。その尋問が終わると「少々お待ち下さい」と宣告して、通帳の持ち主をロビーの長椅子に追い返した。待つこと30分「少々」。やがてマイクを通した声が名前を呼ぶ。

 窓口に向かうと、新しい通帳が二冊も交付された。一つは東京三菱銀行の「ドル預金通帳」、旧東京銀行の「ドル預金通帳」から新規に作り直されたものだ。20数年前からの四半期ごとの利息が何ページにも渡って記帳されている。
 もう一冊は、東京三菱銀行の「普通預金通帳」である。そこに利息の累計が加わった米ドルの日本円換算の預金残高、そして同額の引き出し金額、ページの最後には残額0円が記帳され、解約の印が押されている。

 銀行の自動ドアを入って以来、優に一時間弱は経っていたから、短気な顧客の頭に血が上って沸騰寸前である。それでも若い窓口嬢の優しい笑顔と日本円の現金5,658円が、窓口の客を「冷静な」企業OB紳士に戻した。

 その東京三菱銀行が2006年に、「三和銀行」と「東海銀行」の合併による「UFJ銀行」を吸収合併して出来たのが現在の「三菱東京UFJ銀行」なのだ。
「妻に内緒のお金はここに預けているが、通帳はしっかりガードしてタンスの奥にしまってある」と通帳の持ち主は宣う。

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